第二章 孤高のヤンキー先輩はチョロすぎる

第17話 陰キャボッチもそろそろ卒業かもしれない

 土日を挟んで月曜日になった。

 先週末は、本当に大変だったなと今更ながらに思う。

 水曜日まで話した事も無かったクラス一の美少女とお近づきになり、お家にお邪魔し、お食事会にまで行って因縁の相手と仲良くなってしまった。


 これは、俗に言う陽キャというヤツの仲間入りを果たしたのではなかろうか?

 そんな感じで土日ニヤニヤしていたら、大学生の姉に「え、かえちゃんキモい」とドン引きされたのだが、それはまあいいだろう。


 問題は、今日から僕もボッチ卒業なんじゃないか? ということである。

 教室の前までやってきた僕は、普段なら絶対に口に出さない言葉を発した。それすなわち。


「お、おはよう」


 挨拶。

 今までは空気のように無言で出入りしていた僕も、今日からは挨拶したら陽キャ達が返事をしてくれ――うん、そんなことはなかったな。

 近くにいて友達とダベっていた男子が数人、こちらを見ただけ。他の連中は僕が来たことにも気付いていない。


 ええ、わかってました。わかっていましたとも。

 先週は「コイツ、梨子と仲良くしてるなんて何者なんだ!?」的な実力隠し系強キャラムーブをかましたが、ここはあいにく異世界ではないのだ。

 ――と、落胆する僕の元に。


「おっす楓! おはよう!」


 窓際にいた陽キャが1人、僕を見つけて進軍してきた。

 白い歯を見せて笑うソイツは、陽キャ代表、飯島海人選手だ。


「お、おはよう飯島くん」

「バッカお前! 俺達の仲なんだから海人でいいよ、君付けもいらねぇ」


「あ、ありがと。海人」


 バシバシ背中を叩いてくる飯島――いや、海人。正直痛いんだけど。

 そんな風に、陽キャのスキンシップに怯えていると。


「お! 師匠登校してたんだ! 挨拶くらいしてよ~」

「そうだよ、ウチら気付かなかったじゃん!」


 騒ぎを聞きつけた朝比奈カーストの2人、三枝蜜柑と畦上綾乃がこちらへやって来る。


「いや、挨拶はしたよ」

「えぇ~師匠声ちっさ。気付かないって」

「それな」

「あのさ、さっきから気になってるんだけど、その「師匠」って何?」


 そう疑問を口にすると、2人は一瞬顔を見合わせて――


「よくぞ聞いてくれた。私らは、師匠の勇気ある行動に胸を打たれ、心の底から尊敬することになったのだよ」

「そうそう。ウチらのダチを泣かせたどっかのアホとは違ってね」

「うぐ……マジですんませんした」


 海人が苦虫をかみ潰したような顔になる。

 なるほど。察するに、梨子が僕との馴れ初めというか、関わりを持ったきっかけを2人に話したらしい。

 なんだか英雄譚みたいに誇張して伝わってそうで、少し怖いのだが。


「あ、あの。できれば師匠はやめてくれると……なんかむず痒い」

「え~、カッコいいのに。しゃーない、じゃあこれから“かえぴー”って呼ぶね」

「か、かえぴー?」


 三枝のよくわからない呼び名に戸惑う。

 

「楓だからかえぴー。どう?

「お、いいじゃん。かえぴー。ウチもそう呼ぶわ」


 勝手に盛り上がって行く女子2人。

 なるほど、これが陽キャの距離感というヤツか。ちょっと甘く見ていた。


「あ、そうだ。私らのことも名前で呼んでイイからね。あ、渾名でもいいけど」


 三枝がそんな風に言ってくる。


「い、いきなり渾名はハードルが高いんで、名前で呼ばせて貰います」

「なんでいきなり敬語? ウケる!」

「かえぴー、おもしろ!」


 キャッキャと騒ぐ蜜柑と綾乃。

 何がウケるんだろうか、さっぱりわからない。ひょっとしてバカにされてる?

 と、そのとき。


「ふ~ん、知らない間に随分仲良くなってるね」


 背筋が凍るような寒気がして振り返ると、いつの間にかそこには今登校してきたばかりと思われる梨子が満面の笑みを貼り付けてやっていた。

 いや、笑ってはいるが笑っていないようにも見える……ていうかちょっと怖い。


「お、おはよう梨子さん」

「おはよ、楓くん」


 ぼくは、冷や汗を掻きながら梨子に挨拶する。


「お、おはよりこちー」

「昨日一緒におでかけしたぶりだねりこちー」

「……おはようございます三枝さん畦上さん。ご機嫌麗しゅう」

「え? りこちー、なんかよそよそしくなってない? ねーりこちーってば!」


 蜜柑と綾乃が慌てて梨子に突っかかるが、当の本人は「そんなことありませんよ」とかやはり敬語で言っている。


「ねぇ、なんで怒ってるの?」

「怒ってないよ。(……ただ、私はまだ渾名で呼べてないのにって思っただけで)」

「え? なんか言った?」

「なんでもない」


 そんな風に言い合っている梨子と取り巻き達。

 なるほど。このやり取りの中心にいる僕は、ついにボッチを脱出したんじゃなかろうか?

 陽キャ達に囲まれながら、そんなことを思ってしまった。



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