第18話 ヤンキー先輩はギャップが激しい

 ――二時間目の休み時間。


「しまった、移動教室だってこと忘れてた!」


 次の時間は音楽。

 教室塔から管理棟に移らなくてはならない。

 が、そんなことをすっかり忘れていた僕は、呑気に教室でラノベを読んでいたところ、いつの間にか教室が静かになっていることに気付き――現在に至る。


 運動部ばりの全力疾走。このままでは予鈴が鳴ってしまう。

 現に、トイレ休憩などで廊下に出ている人が1人もいないのがその証拠――って! 


「あ!」


 そのとき、僕は声を上げてしまった。

 前方のT字路。右の曲がり角から、急に誰かが出てきたのだ。

 慌てて急ブレーキを掛けるが間に合わず、何事かとこちらを向いたその女子生徒とぶつかった。

 何このテンプレ展開、ちょっと萌える……などと考えている余裕はなかった。


 なぜなら、速度が落ちていたから相手を突き飛ばすことはなかったが――その代わりに、相手にソフトタッチしてしまったのだ。

 そう。僕の顔面が、背の高い相手の丁度ソフトな胸元に。


「て、テメェ何しやがる!」

「ご、ごごご、ごめんなさい!」


 相手の恫喝に、僕は小動物のように肩を振るわせて飛び退く。

 相手を見上げる形となった僕は、ギョッとして固まった。


 ウェーブのかかった腰まである金髪に、つけまつげ。赤いカラコン。制服は着崩していてこぼれんばかりの胸元が自己主張しており、じゃあ下の方はと言うと、これまたスカートの丈が際どいことになっている。

 美人で身長が高く、不機嫌顔なのが尚更威圧感を与えてくる。


 し、知ってる。

 この人のことは、クラスの半分も名前を覚えていない僕でも知ってる。


 2年C組、南嶋柚香なじまゆずか先輩。

 絵に描いたようなヤンキーJKで、誰とも馴れ合わない孤高の一匹狼。

 その迫力から、生徒だけでなく先生にすら怖がられているとか、いないとか。


「おい」

「ひ、ひゃい!」


 そんな高身長ヤンキーJKに睨まれた僕は、脂汗をダラダラ流しながら一歩後ずさる。

 ヤバい! 絡まれて難癖付けられる!


「ったくよぉ。いきなり出てくんじゃねぇよ! 廊下は走ったら危ねぇだろうが!」

「は、はい! すいません!」


 思いっきり頭を下げた。

 ――って、うん? なんかこの人、すげーまともなこと言わなかった?


「じゃあ、ウチはこれで行くかんな」


 舌打ちをして、去って行く南嶋先輩。

 あれ? てっきり、ラッキースケベ的展開にもの申すかと思ったのだが。

 と、そこで気付いた。


 去って行く南嶋先輩の耳が、めっちゃ赤くなっている。

 あ、やっぱり恥ずかしいには恥ずかしいのか。


 悪いことをしたと思いつつ、去って行く背中を見送っていた僕は――

 キーンコーンカーンコーン、という予鈴の音を聞いて我に返る。

 無事、遅刻して怒られた。


――。


 そんなこんなで散々だった休み時間も終わり、瞬く間に時間は過ぎて放課後。

 ちょっと怖いけど、実はいい人なんじゃないか説を押す僕は、再び南嶋先輩と会うこととなる。


「はぁ……日直ダルい」


 僕は、日直の仕事を終えて日誌を担任に届けた後、部室へと向かっていた。

 廊下は人通りが少ない。みんな部活に行くか帰るかしているのだから、当然だが……僕も早く部室に行くとするか。


 そんな風に思ったそのとき――


「あ、あのさ燐斗りんと! これ、使って!」

「で、でも……受け取るわけには」

「こ、この間助けてくれたお礼だから! だから受け取って! 部活で役に立つと思うから」

「い、いや……ケガもしてないのに絆創膏は重――いや、なんでもない。ありがと、もらっておくよ」


 ははん、なるほどカップルの会話か。爆発してしまえばいいと思う。

 

「じゃあ、俺もう運動場行くから。またな、

「うん、また」


 そう言って、柚香と呼ばれた少女は嬉しそうな声を――って、ちょっと待て!

 僕は慌てて、そちらを見る。

 廊下の向こうで、爽やか系イケメンが去って行く後ろ姿と、それを見送る身長がほとんど変わらないヤンキーJKがいた。


 ヤンキーJKは言わずもがな、南嶋柚香先輩。

 例の眼力凄い系女子が、あろうことか頬を染めた乙女顔で去って行く運動部と思しき男の背中を見ている。


 驚いた、あの先輩があんな顔をするとは。

 恋は盲目とはよく言ったものである。あんな乙女顔を見られるのは恥ずかしいだろうし、僕はこの辺でお暇して――

 と、そのとき気付いた。


 いつの間にか、南嶋先輩が僕の方を向いて固まっていることに。

  




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