第15話 かつて好きだった人
「海人」
「……梨子、か」
私が近づくと、海人はバツが悪そうに目を逸らす。
しかし、それも一瞬。呼吸を整える音が聞こえ、海人は頭を下げた。
「昨日は悪かった! 俺、お前に酷いことを言った。いろいろと余裕が無くて、あんな心にもないことを言っちまった。信じて貰えないだろうし、許して貰いたいとか勝手なことは言わない。ただ、ちゃんと謝っておきたくて――」
「うん、いいよ。許す」
「――え?」
海人は、ハトが豆鉄砲を喰らったような顔をして固まる。
あまりにもあっさり許されてしまったからか、状況に思考が追いついていない。 その様子がおかしくて、私は思わず吹き出してしまった。
「ぷっくく、あはははは――」
「な、何がおかしいんだよ」
「ごめん。だって、さっき楓くんとの会話全部聞いてたから、今嘘ついてないことなんてわかりきってるのに、大真面目に「信じて貰えないだろう」とか言うんだもん」
「なっ――き、聞いてたのかよ」
バツが悪そうに顔をしかめた海人は、不意に首を傾げて。
「――ちょっと待てよ? てことは、俺がお前の好意に気付いてた的な話も聞いてたんじゃ」
「うわぁああああああああああああ! 聞こえない聞こえない聞こえない!」
私は耳を押さえてその場で悶える。
ほんと、デリカシーがない。コイツのこういうとこは嫌いだ。まあ、盗み聞きしてた私が文句言う立場じゃないから、言わないけど。
「と、とにかく! 私はあなたを許す! だから、もう気にする必要はなし。私も、あなたのことはもう気にしないから。これからはただの友達、いいね」
「俺のことはもう気にしない、か」
海人は、私の言葉を拾い上げて苦笑する。それはどこか憑き物が落ちたようなすっきりした表情で、同時にどこか寂しげにも映った。
「好きなヤツ、できたんだな。俺としても嬉しいよ。まあ、少し寂しい気もするけどな」
「……なんか後方彼氏面してるとこ悪いんだけどさ、私一応あなたをフッたことになるはずなんだけど」
「うわ、わりと容赦ねぇ」
海人は苦笑いしつつも、どこか嬉しそうだ。
別に、私からの好意がなくなって清々するからだとか、そんな理由じゃないはずだ。もしそんな理由だったら、海人の無駄に高い鼻をグーでへし折ってやる。
「境楓だっけか? アイツなら俺も安心してお前を任せられる」
「だから、何様のつもりで後方彼氏面を――、……待って? 私、楓くんが好きなんて言ってなくない?」
顔から血の気が引いていく私の前で、海人は「してやったり」とでも言うようにニヤリと笑うと。
「言ってないな。けど「楓くんだいしゅき♡」って顔に書いてあるぜ? お前ほんっとわかりやすいからなぁ。好意がすぐ表に出る癖治しといた方が……お、おい。悪かった、おちょくって悪かったって! だからその物騒に握りしめた拳を俺の前につきつけんな! ごめんなさい、ごめんなさいぃいいいぁあああああああああああああッ!!」
――その日。
海人の絶叫がとあるビルのトイレ付近で響き渡った。
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