第10話 一緒にお弁当食べよう?
「ねぇ、もしかしてそのお弁当って手作り?」
「あ、うん。まあ……料理は好きだし」
拝啓。
お料理のなんたるかを教えてくれた天国のひいおばあちゃん。
僕は今、あろうことか美少女と二人きりで昼食中です。
僕の隣に座った梨子が、興味津々でお弁当箱の中身を見つめてくる。
近い、近いよ!
ドギマギしながらタコさんウインナーを一口……うん、ほどよい塩気だ。あと塩気が効いていて美味しい。
――ダメだ、味に集中できん。
「卵焼きとか難しくないの?」
「まあ昔から焼いてたし、もう慣れたかな」
「それでそんなに綺麗なんだ、凄い。前挑戦したけど、私には無理だったよ」
梨子が、黄金色をした卵焼きを見て目を丸くしている。
まあ、卵焼きというのは一朝一夕にはできないもんな。シンプルだが奥が深い料理だ。
梨子が苦戦するのもわかる――
「この間卵焼き作ろうとしたら、割るたびに殻の破片が大量に入っちゃって、お母さんに台所から追い出されちゃって――」
可愛らしく苦笑いする梨子。
綺麗に巻くとか、それ以前の問題だった。
梨子は上機嫌に鼻唄を歌いながら、自分のお弁当を開く。
可愛らしい
僕は少しほっとして胸をなで下ろす。
よかった。朝比奈家の食卓事情が心配だったが、ちゃんと料理上手の母がいるようだ。
「そういえばさ、どうして梨子さんはここに来たの? いつもは、三枝さんとかと一緒に食べてるけど……」
「え?」
梨子は一瞬逡巡するように目を泳がせてから、
「う~ん、実は蜜柑ちゃんも綾乃っちも、今日は委員会があるみたいで……だから1人で食べようかなと思ってたんだけど。そしたら、教室から出て行く君を見かけたから」
なるほど、そういうことか。
「その……迷惑だった?」
「全然そんなことないよ! 僕も、たまにはこうして誰かとご飯食べるのも悪くないかなって思ってたし」
不安そうに上目遣いで聞いてくる梨子に、慌ててそう答える。
しかし、これは一体どういうことなんだ。
1人で食べるのが寂しいから、誰かと一緒に食べたいというのはわかる。しかし、なぜそこで僕を選ぶ。
彼女は朝比奈梨子。
カーストトップの陽キャ女子ゆえに、友人ならたくさんいるはず。
まさかひょっとして……僕にモテ期がやってきた!?
いやいや、落ち着け。
僕は、黄金色の卵焼きを口に運んで噛みしめながら、心の平穏を保つ。
大前提として、陽キャ女子というのは勘違いさせるのが上手い。
というか、僕みたいなチョロい男子は、女子に話しかけられただけでドキドキして、もしかして脈アリ!? とか都合のいいことを思ってしまうのだ。
陽キャ女子は、基本誰にでも声をかけて優しく振る舞える。
つまり、僕はこの甘い空気に流されているだけ。
どうせあれだ。友達には気を遣うから、気を遣わなくてもいいテキトーな間柄の僕と一緒にいるだけ。うん、そうに違いない。
「ねぇ、楓くん」
心なしか頬を赤らめて、僕に話しかけてくる梨子。
騙されないぞ。そういうドキドキさせる表情をしたって、僕は騙されない!
「その……お弁当のおかず、交換しない?」
ほらみろ! 思わせぶりな態度とって、そんなしょうもない……え、今なんて?
「えと……朝比奈、さん? 今なんておっしゃいました?」
思わず敬語になってしまう僕に対し、梨子は耳まで赤くなりながら、
「楓くんの料理、昨日美味しかったから……なんか、一つ欲しいなって思って」
「…………」
何このカップルっぽいイベント!?
聞いてないんだけど!?
とはいえ、これは据え膳。据え膳食わぬはなんとやらと言うし、ここは「喜んで」と言っ――
ティロン。
空気を読まないスマホの着信音が、梨子の制服のポケットから鳴った。
「ご、ごめん! ちょっと確認するね! あ、今のは忘れて! 冷静になったらすごい失礼なこと言ってた気がするから!」
誤魔化すように一気にまくし立てる梨子。
よって、なんか良い感じになっていた空気が元に戻る。おのれ、スマホ!
心の中でさめざめと涙を流し、ひじきをかみ潰していると、不意に梨子が「え」と掠れた声で呟いた。
見ると、少し青ざめた顔色でスマホの画面を凝視している。
「何かあったの?」
「う、うん。それが……」
梨子は、僕にスマホの画面を見せてくる。
PINEの相手は、三枝蜜柑。
そして、肝心の内容は――
『ごめん、伝え忘れてたんだけど。今日、海人達サッカー部のバカ共と食事会することになってるから。りこちーも忘れずに来てね』
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