第9話 変わる日常~陽キャ達の視線が痛いです~
《境楓サイド》
翌日の金曜日。
登校した僕は、いつも通り誰とも会話すること無く、自分の席についた。
ボッチというのはいい。仲がいい人がいないから、一々挨拶をする手間が省ける。
それに、僕レベルの隠密スキルを使いこなす者ならば、誰にも気付かれずに自分の席について最短最速で読書にいそしめる。
窓辺で友人と話していた飯島が、チラッとこちらを見た気がするが、うんたぶん気のせいだ。昨日のあの件があるから、ほとぼりが冷めるまではアイツとは関わらないようにしよう。
なーに。人の噂も75日。二ヶ月半もあれば、きっとマイナスからゼロの関係値に戻って――うん、結構長くね?
そんなことを思いながら、読みかけのラノベを開いたそのときだった。
ガラガラと教室の扉が開いて、「おはよう」という明るくも涼やかな声が教室内に響き渡る。
朝から気持ちのいい挨拶をするのは、朝比奈梨子。このクラスのアイドルだ。
「おはようりこちー」
「りこちーおはよう!」
「おっす!」
「おはー」
「朝比奈さんおはよう!」
三枝蜜柑や畦上綾乃といった朝比奈カーストの面々だけでなく、他の陽キャ達が次々と挨拶を返す。
そのまま、梨子は僕の横を通り過ぎ、朝比奈カーストの元へ向かおうとして――
「おはよ、楓くん」
「ッ!」
あろうことか通り過ぎず、僕に声をかけてきた。
え? は? 昨日の今日でなんかすごく距離が近づいてるんですけど!?
「お、おはよう……朝比奈、さん」
僕は、ラノベから視線を上げて、しどろもどろに挨拶をした。
思えば、僕は長いこと朝の挨拶というものを家族以外としていない。まして、女子となれば、四年前、祖母の親戚の
「…………」
「あ、あの。朝比奈さん? どうしたの?」
僕は、若干不機嫌そうにじっと睨んでくる梨子に問いかける。
「もう。朝比奈じゃなくて、下の名前で呼んでって、昨日言ったよね」
あ、それで怒っていたのか。
確かにそうだが、いきなり公衆の面前で下の名前呼びって、陰キャにとってはガードルが高すぎると思うのだが。
「それとも、下の名前で呼ぶの嫌……とか?」
「いや、そんなことないから! おはよう梨子さん!」
不安そうにしてくる梨子に、慌てて下の名前で挨拶をすると、梨子は満足そうに「よろしい」とはにかんだ。
――と、そんなやり取りを見ていたクラスメイト達(主に男子)が、にわかにざわめく。
「お、おいどうなってんだよアレ?」
「朝比奈さんと知らんヤツが仲よさそうに喋ってんだけど」
「はぁ? 誰だよアイツ。いきなり下の名前呼びとか調子乗りすぎだろ」
「クッソ! あんなレベル1の陰キャ野郎で仲良くなれるなら、俺なんてもうヤることヤってるはずだ! なぜ朝比奈さんにいつも苦笑いされておわるんだ!」
「いや、息を吸うように下ネタ言うからだろ」
「てかマジ誰だよアイツ。どこのクラス?」
おい。聞こえてるよこのヤロウ。
印象の薄いヤツで悪かったな。僕は君らと同じクラスだよ。
そんな風に思っていると、不意に敵意に似た視線を感じた。
思わずそちらを向くと、窓辺にいた飯島が俺から視線を外し――何事もなかったように友人と話し始める。
なるほど。
俺の平穏な学校生活は、これから荒れそうだ。
――。
昼休み。
中学までと違うことと言えば、ずばり給食がなくなったことだ。
弁当を持ってきている者、購買でパンを買う者、学食を利用する者。
皆一様に、友人との食事の時間を思い思いの場所で楽しんでいる。
そして、ボッチの僕がご飯を食べる場所と言えば――
「やはり、1人の空間は落ち着く」
僕は、例の如く管理棟の手芸部部室に来て、1人で昼食を食べていた。
別に教室で1人飯でもいいのだが、なんだか今日はやたらみんなからの視線を感じる。朝から陰キャがクラスカーストトップの美少女と話していたのだから、まあ注目くらい浴びるだろう。
そんなわけで、僕はこの静かな聖域に避難してきたのだ。
「いただきます」
弁当箱の蓋を開けて、いざ実食――
ガチャリ。
マヌケな音を立てて、扉が開いた。
「……え」
入ってきた人物を見た僕は、中途半端に箸を取り出したままの格好で固まってしまった。
「やっぱりここにいたんだ。探したんだよ?」
――ラブコメの神様、これはいったいどういうことでしょう。
朝比奈梨子が、お弁当の入った可愛らしい包みを後ろ手に持って、笑いかけてきたんですが。
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