第7話 美少女と食卓を囲んだ

「おまちどうさま」


 僕は、既に食卓に座っていた朝比奈と妹さんの2人の前に、湯気の立つ皿を置いた。


「ほほう、ミートスパゲッティとな?」


 興味深そうに皿の上に盛り付けられたミートスパゲッティを見つめる妹さん。


「では、いざ実食」

「いただきます」


 妹さんと朝比奈は、ほぼ同時にミートスパゲッティを口に運ぶ。

 二口、三口……あれ? 感想は?

 ちょっと不安になった頃、妹さんがフォークを置いた。


「あの、お口にあわないなら。無理しなくても……」

「――あなた、境楓さんと言いましたね」

「はい、そうだけど……」

「――すか?」

「え、何?」

「いつお姉ちゃんと結婚するんですか!?」

「はぁ!?」

「ブフォッ!」


 あ、朝比奈さんが吹き出した。

 スパゲッティを喉に詰まらせたのか、ゲホゲホとむせている。

 てか、この子今なんて言った!?


「なんですかこのめちゃ旨スパゲッティ! 天才ですか神なんですか! 市販のミートソースの缶詰をどうアレンジしたらこんなに美味しく――」

「あ、いや缶詰は使っていないんだ」

「はい!?」


 そこ、驚くところなんだ。


「てことは、これソースも一から手作り……缶詰以外の選択肢が、ミートソースにあったとは。盲点です」


 それはそれで大丈夫か、朝比奈家の食卓。

 いろいろ心配になっていると、ようやく気管の危機から解放された朝比奈が、口を挟んでくる。


「ちょっと梨々香、いきなり何を言うの! わ、私と境くんが、その……け、けけ、結婚なんて!」


 顔を真っ赤にして否定する朝比奈。

 

「え? じゃあ梨々香が貰ってもいい?」

「「はぁっ!?」」


 今度は2人揃って叫んでしまった。

 この子、本当にお淑やか属性の朝比奈と血縁関係なんだよな? 実は血が繋がってませんでしたとか言われても、全く驚かない自信があるぞ。


「ていうのは冗談……でもないけど、とにかく梨々香の胃袋がガッチリホールドされてしまったのは確かです。いいお嫁さ――旦那さんになりそうですね、楓さん」

「今お嫁さんて言いかけなかった? ねぇ、言いかけたよね」


 僕はジト目で妹さんを見る。


「ね。姉さんもそう思うでしょ?」

「うぇっ?」


 まだ顔が赤いままの朝比奈は、僕の方をちらりと見て言った。


「そ、そうね。い、いい旦那さんになりそうとか、そういうのはわからないけど……このスパゲッティは、すごく美味しいよ」

「あ、ありがと」


 耳まで真っ赤に染めてそう言ってくる朝比奈に、僕まで恥ずかしくなってしまう。

 

「ふむ。これはこれは」


 1人、僕と朝比奈を見る妹のニヤケ面が、若干キモかった。


――。


「悪いね、僕までご馳走になっちゃって」

「いいの。境くんが作ったんだし、余らせてもママ――じゃなくて母さん達に、変な勘ぐりされちゃうから」


 夕食をご馳走になったあと、僕は玄関で靴を履きながら朝比奈と話していた。

 ていうか――


「なるほど。朝比奈さんは、ママ呼びか」

「~~っ! わ、わざわざ言い直したんだから突っ込まないで! うぅ~、恥ずかしい」


 朝比奈はまたも顔を赤くして、自身の顔を手で覆う。


「別に恥ずかしがることないんじゃない?」

「だって、高校生にもなってママとパパって、なんか子どもっぽいじゃん。梨々香は、母さん父さんって呼んでるのにぃ」


 むしろギャップ萌えでキュンときました。

 それはともかく。


「そんなことないって。家族仲がいい証拠だよ。それに、朝比奈さんの妹さんは、自分のこと名前で呼んでるでしょ。だからお相子じゃない?」

「そ、それもそうね……」


 朝比奈は納得したような顔をする。


「それじゃあ、僕はこのへんで」


 僕は踵を返し、朝比奈の家を後にしようとする。と――


「待って!」


 不意に呼び止められ、振り返ると朝比奈が顔を赤くしてもじもじしていた。


「朝比奈さん?」

「えと、その……梨子、でいいよ」

「え?」

「だから、呼び方! 私も梨々香も、朝比奈だから。その、困るでしょ?」

「それは確かに……」


 でも、別にまた彼女の家に来るとも限らないし、学校で話す分には朝比奈でいいと思うのだが。それを問い詰めるのは、野暮というものだ。


「わかった。その代わり、僕のことも名前で呼んで」

「! うん!」


嬉しそうに微笑む朝比奈――いや、梨子。

よかった。さっきまで落ち込んでいたけれど、今はすっかり立ち直ったみたいだ。


「それじゃあね。梨子さん」

「うん、またね。楓くん」


 僕は、梨子に見送られて朝比奈家を後にした。

 

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