第6話 クラス一の美少女の家にお邪魔した

「お、お邪魔します」


 恐る恐る玄関で靴を脱いで、家に上がる。

 ラベンダーの匂いの消臭材が花をくすぐった。知らない人の家というだけでも緊張するのに、よりにもよって女子の家だ。

 粗相をするわけにはいかない。


「彼氏さんはお姉ちゃんの部屋行きたいですか? ムラムラできますよ」

「ちょ、梨々香!? 何言って――」


 あたふたする朝比奈は、なぜか僕の様子を窺うようにチラチラと目を向けてくる。


「流石にそれはしないから安心して」


 ていうか、そんなことになったら僕が社会的に破滅する。

 そんなわけで、僕はリビングにお邪魔することとなった。

 リビングはキッチンと繋がっている一般的な家の構造で、清潔感のある内装だった。


 リビングの端には4人がけのテーブル席があり、中央にはL字型のソファと、壁際にテレビが置かれている。

 家族は4人構成なのかな?


「親はまだ帰ってないの?」

「はい。父さんはいつも夜遅いし、母さんは木曜日はいつも残業があるみたいなので」


 そこまで言うと梨々香は悪い顔をして、


「親がいないからってお姉ちゃんにヤラシイことしちゃダメですよ?」


 君の想像がヤラシイよ。


「ねえ朝比奈さん。一応聞くけど、妹さん女子中学生だよね? 中身が下ネタ好きのオッサンなんだけど」

「うぅ……ごめんなさい。どこで教育を間違ったのかしら」


 朝比奈はグッタリとしつつ、そんな風に呟いた。

 と、僕はキッチンに中途半端に置かれた鍋やらフライパンを見つける。


「もしかして、夕飯作ろうとしてたの?」

「はい。でも、レトルト食品を切らしてて、買いに行こうと思ったんです。そしたら2人に玄関先で会って――」


 なるほど、そうだったのか。

 いつもは母が作ってくれるのだろうが、木曜の今日は帰りが遅いとか言っていたしな。

 

「無理しなくていいのに。私が作るから」

「げぇっ! ……お、お姉ちゃんは彼氏とイチャイチャしててよ。今すぐコンビニでなにか出来合いのものでも買ってくるからさ」


 なぜか脂汗を垂らす朝比奈妹。

 朝比奈。そんな完璧美少女の外見で、まさか……いや、流石にないか。


「よければ、僕が作るけど」

「「え!?」」


 その瞬間、2人揃って目を丸くした。

 僕、そんなに料理しないタイプに見えるんだろうか? 見えるんだろうな、うん。


――。


 そんなこんなで、僕が料理を作ることになった。

 と言っても、食材はろくなものが残っていない。が、そういうときこそ腕の見せ所なのである。


「トマト、挽肉、ニンジン、タマネギ、乾麺……うん、いけるな」


 食材の種類を確認し、手早く下準備をする。


「私も手伝うよ。境くん」

「ありがとう」


 そう返事をした僕は、思わず息を飲む。

 エプロン姿の朝比奈、なんて破壊力! これは心のメモリー保存だ。


「で、私は何をすればいい?」

「そうだな。作業は分担しよう。ニンジンの皮むきとタマネギのみじん切りは僕がするから、朝比奈さんはニンジンを切ってフードプロセッサーに詰める作業と、トマトの湯むきをお願い」

「フードプロセッサー……湯むき?」

「えと……朝比奈さん?」

「あ、あーね! わかるよわかる! 大丈夫」


 本当に大丈夫なのか?

 やや不安に思いつつ、僕は調理を開始した。


 結論。――大丈夫じゃなかった。

 

 ――「ちょ、ちょっ朝比奈さん! 切るときは左手を猫の手にしないと危ないって!」

 ――「そんなにパンパンに詰めたらフードプロセッサー故障するって!」

 ――「あー! なんでそんな小さいお鍋にトマトぎゅうぎゅうに詰めちゃうの! 焦げてる焦げてる! トマトが焦げてる!!」


 水分が多いトマトが焦げるとかいう珍事に付き合わされながら、僕は料理を続けた。


「ご、ごめん。境くん。私――」


 しゅんとする朝比奈を見ていると、なんだかバカバカしくなってきて僕は肩の力を抜いた。


「いいよ別に。料理に正解はないし。失敗しながら成長していけばいいって」


 ペーストにしたニンジンとみじんタマネギ、湯むきしたトマトとケチャップを混ぜながら、僕はそう告げた。


「(やっぱり、優しいんだ……)」

「何か言った?」

「ううん、なんでもない。ていうか――」


 そこまで言うと、朝比奈は可愛らしく頬を膨らませた。


「男の子の境くんが料理上手で、私がへっぽこなんて、なんか悔しい」

「それはまあ、僕はただ慣れてるだけだし」

「普段から料理するの?」

「まあね。昔から料理とか裁縫とか、そんなのばかり好きでやってたから」

「へぇ、凄いね。なんかカッコいい」


 感心したように目を丸くする朝比奈。

 素直にカッコいいとか言わないでくれ。勘違いしちゃうから。

 僕はドギマギしながら料理を続け――20分ほどで完成した。


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