第5話 クラスのマドンナと一緒に帰ることになりました

「ごめんね。付き合わせちゃって」


 既に暗くなりつつある道を、2人並んで歩いていると、朝比奈が申し訳なさそうにそう告げてきた。


「ううん、大丈夫。気にしてないから」


 むしろご褒美というか、一周回って申し訳なくなってくる。

 傷心中に慰めてくれる相手が僕なんかでいいのだろうか。


「ありがとう。優しいんだね、境くん」

「そんなことないって。たまたま帰り道が一緒なだけだから」

「いつも私と反対側から来るのに?」

「うっ……知ってたんだ」


 油断した。

 陰キャの僕なんて、視界に入ってないと思ってた。

 格好付けてボロがでるとか、そういうとこだぞ? 僕。


「そりゃあね。私と境くん、登校時間ほぼ一緒だし」

「そう言われれば、そうかも。……あと、格好付けて嘘ついたのはどうか忘れて」

「えーどうしようかな~」


 朝比奈は、湿っぽさを含んだ表情で笑う。

 それから、ぽつりと何事かを呟いた。


「(嘘をついてまで気遣ってくれるなんて……優しすぎるよ)」

「? 何か言った?」

「ううん。なんでもない」


 僕と朝比奈の向かいからやって来た、中学生の男子2人組が、朝比奈を凝視する。それから僕の方を見て、もっかい朝比奈を見て引きつった顔を浮かべていた。

 ……おい。「コイツが彼氏? 嘘だろ」みたいな反応やめろ! 


「私達、なんだか目立つみたいだね」

「そりゃまあ、エルフの姫君の隣にゴブリンがいたらね」

「えるふ?」

「……いやごめん。こっちの話」


 滑った。

 つい異世界ファンタジー準拠でわかりやすく説明したつもりが、通じなかった。

 美女と野獣、くらいの方がわかりやすいんだろうか?


「目立つのが嫌だったら、やっぱり僕はこの辺で帰るけど――」

「だめ」


 言いかけた僕の身体が、不意に後ろに引っ張られる。

 驚いて振り返ると、朝比奈が僕の服の袖口を掴んでいた。


「朝比奈さん? なんで袖を――」

「……え? あ、ごめん」


 朝比奈は、耳まで真っ赤にして慌てて手を離す。

 街灯の下、朝比奈の照れた表情がはっきりとわかってしまい、僕まで恥ずかしくなった。


「その……すごく情けないんだけど、やっぱり思った以上にショックだったらしくて。だから、境くんがOKだったらなんだけど。もう少し、一緒にいて欲しい……です」


 しどろもどろに言う朝比奈の目は、また浮かんできた涙に揺れていて。

 僕は、「わかった」と頷いた。


――。


 なんだかんだで、朝比奈の家にまで来てしまった。

 マジか。陰キャ男子がクラス一の美少女の家に来てしまうとか……この事実は墓場まで持って行こう。でないと、今後帰り道後ろから刺されるかもしれない。


「ありがとう境くん。家までついて来てくれて。もう大丈夫だよ」


 玄関先の鉄柵に手を掛けながら、朝比奈が振り返ってそう告げる。

 そっか。流石に「家に寄ってく?」みたいな展開はないか。

 そりゃそうだ。それは流石に妄想が過ぎるというものだろう。


「それじゃあ、また明日学校で」

「うん。学校で」


 僕は踵を返し、その場を立ち去ろうとした――そのときだった。


「あれ? お姉ちゃん帰ってたんだ」


 家の玄関から、1人の少女が顔を出した。

 おそらく中学生くらいだろう。顔がどことなく朝比奈に似ているから、妹さんだろうか?

 と、その妹さんが僕と朝比奈を交互に見て、「うぇ!?」と驚いたような声を上げた。


「え、うそ……お姉ちゃんに彼氏!?」

「なっ!?」


 僕はその場で硬直してしまった。

 いや、ここは朝比奈が冷静に「もう。からかっちゃだめ。ただのクラスメイトだよ」と訂正してくれるはず――


「ち、違――わ、私と境くんは、そんなんじゃない! そんなんじゃないからぁ!!」


 ちょっと朝比奈さん!?

 なんでテンパってるんですか!?

 顔を真っ赤にして否定しようが、この反応ではかえって誤解を招くだけだ。


「ふ~ん」


 案の定、妹さんらしき人は意味深な目を僕に向けてくる。


「てお姉ちゃんは言ってますけど。そこんとこ彼氏さんはどうなんですか?」

「ちょっと梨々香りりか!!」


 涙目で怒り始める朝比奈。

 テンパっている人がいると、かえって冷静になるものらしい。

 僕は、梨々香と呼ばれた妹さんと目を合わせて言った。


「えと、僕は境楓って言って、ただのクラスメイトだよ」

「なるほどなるほど。して、お姉ちゃんとの馴れ初めは?」


 ……ダメだこの子。

 

 若干呆れていると、マイペースな妹が、容赦なく一線を越えてきた。


「そうだ。なんだったら、ウチに寄っていきません?」

「ちょっと梨々香!? 何言ってるの?」

「いいじゃん別に。それとも楓さんは、この後ご予定とかありますか?」

「いや、特にはないけど」

「な、名前呼び!? わ、私だってまだなのにぃ~!」


 なぜか悔しそうに頬を膨らませる朝比奈。特に悔しがる要素ってなかったと思うんだけどな。


「予定がないなら決まりですね! どうぞどうぞ、朝比奈家にお上がりください」


 そう言って、朝比奈の妹……も朝比奈か。梨々香が、僕の腕をぐいぐい引っ張って家に連れ込もうとしてくる。


 これは、どうすれば。

 僕は、助けを求めようと朝比奈に目配せして――


「えと、あの――かえ……境くん。ウチに寄っていく?」


 上目遣いでそう聞いてくる朝比奈。

 この瞬間、クラスのマドンナの家にお邪魔することが決定した。


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