第4話 惚れてた相手がクズだった?

「? 誰、君」

「お前、確かうちのクラスの……えっと、誰?」


 誰でもいい。僕のことなんかその変のモブとでも思っていろ!

 僕は激情のままに大股で歩いていく。


「全部、話は聞いてた。どういう理由で言ったか知らないけど、なんでそんなこと平気で言えるんだよ! ブスとか、死ねとか! 言われた側の気持ち、考えたことあるのかよ!」


 大股で歩いていった僕は、名前も知らないサッカー部の男子を押しのけ、飯島の前に立つ。

 男子の中では小柄な僕だ。身長が180近い飯島の前に立つと、威圧感だけで倒れそうになる。それでも――僕は退くわけにはいかない。ここで退いてしまったら、朝比奈梨子という優しすぎる女の子の前で、二度と笑うことができない気がしたから。


「はぁ? いきなりしゃしゃり出てきてなんだよお前。俺が梨子のこと影でなんと言おうが、俺の勝手だろ! それとも何か? お前は世の中全員が、裏で陰口を叩かない利口なヤツばかりだとでも思ってるつもりか!? お前だって、悪口の一つや二つ言ったことがあるだろうが!」


 不機嫌そうに顔を歪めてそう吐き捨てる飯島。

 しかし、僕はさらに食って掛かる。


「ないとは言わない。でも、少なくとも彼女に失礼なことを言った自覚があるなら、開き直るんじゃなくて謝るべきだろ! みんな悪口くらい言うから自分も言っていいなんて、そんなの人を傷つけていい理由にはならないだろ! そんなこともわかんないのかよ!」

「テメェ、言わせておけばいい気になりやがって!」


 飯島の手が僕に伸びてきて、襟を掴み上げる。

 目と鼻の先に迫る、怒りに顔を歪めたイケメンの顔。首が絞まり、呼吸がしにくい。


「そんなに必死になるってことは、テメェさては梨子のこと好きだな?」

「……好きに、決まってるだろ!」


 今まで怒り顔だった飯島の表情が、初めて鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。


「あんなに良い人を、嫌いになる理由がない!」

「……はは。なんだそれ。俺に人を見る目がないって言いたいのか、友達1人もいねぇカス陰キャがよぉ!」


 首が急に楽になる。

 飯島が襟を掴んでいた手を離し、僕を地面に放り投げたのだ。


「がはっ!」


 背中がアスファルトにたたき付けられ、肺の空気が吐き出される。


「おもしれぇよお前。そんなに俺を否定したいなら、力尽くでかかってこいよ」


 そう言って、飯島が拳を向けた――そのときだった。


「やめて!」


 叫び声が、辺りに響き渡った。

 僕も、飯島も、その友人も。一斉にその方向を見る。

 そこにいたのは、朝比奈だった。さっきまで目元に浮かべていた涙はなく、でも目は少し赤くなっている。


「朝比奈、さん」

「り、梨子……」


 僕と飯島の声が重なる。

 朝比奈は、僕等の方へ大股で歩いてくると、僕を庇うように前に立った。


「それ以上はやめて、海人」

「あぁ? けど、先に突っかかってきたのはコイツで――」

「ごめん、私聞いてたんだ。海人と、そこの矢田くんの会話」

「「!」」


 瞬間、飯島と矢田と呼ばれた少年が、苦虫をかみ潰したような顔になる。


「で、偶然一緒に聞いてた境くんが、私の代わりに怒ってくれたってだけ」

「梨子……ご、ごめ」

「謝らないで。……ううん、違うな。謝って欲しくないかも」


 不意に、朝比奈の声のトーンが一段落ちる。

 怒っているような、それでいて悲しんでいるような。そんな感じの声だった。


「正直、すごくショックだったよ。だから、今何を言われても許したくない。でも、その代わり私は飯島くんを攻めない。私が言いたいこと全部、境くんに言われちゃったから」

「う……」


 返す言葉もない僕を振り返り、朝比奈が苦笑を向けてくる。


「ってわけだから、この後の買い物もなし。、ごめんね」


 そう淡泊に言って、朝比奈は僕に手を差し伸べてくる。


「行こ、境くん」

「え、あ……はい」


 僕は戸惑いながら、朝比奈の手を取って立ち上がった。

 なんでもないふうを装いながら、その手が震えていたのは、気付かない振りをしておいた。

 正門の方向へ歩きながら、僕は後ろを振り返る。飯島と矢田は、その場で立ち尽くしたままだった。


――。


 正門まで来た僕と朝比奈は、そこで立ち止まる。

 偶然彼女と登校時間が被ったとき、彼女が僕の帰り道と反対方向から来たことは知っていた。

 つまり、ここで別れるのだ。


「さっきは、ありがとう。その……私のために怒ってくれて」


 恥ずかしげに顔を伏せて、朝比奈がお礼を告げてくる。


「気にしなくていいよ。むしろ、勝手に怒ってごめん」

「ううん、そんなことない。私、臆病者だから。怒る勇気も逃げる勇気もなくて、もしあのとき境くんが飛び出してなかったら、校舎裏でずっと泣いてたと思う」


 その言葉に、僕はどう答えていいか迷ってしまう。

 このまま1人にしてしまったら、なんだか取り返しのつかないことになる気がして――


「帰り道、1人で大丈夫?」


 そう聞いて、失敗したと思った。

 1人で帰れる? って、誘ってるみたいでキモい! まるで傷心に付け込む悪い男みたいだ。


「いや、あの今のは、気にしないで……」

「一緒に、帰ってくれる?」


 僕は、言葉に詰まった。

 西日が地平線の後ろに姿を隠しつつある中、寂しそうな彼女の表情が強烈に愛おしく感じてしまって。


「あ、はい」


 僕は、反射的に頷いてしまった。

 マジか、一緒に帰宅イベント発生だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る