第3話 一触即発

 恋のキューピッドと言っても、具体的に何をすればいいのかわからない。

 とにもかくにも、2人の関係性を知らないことには、どうしようもないのだ。

 というわけで、僕はこの後の朝比奈と飯島の待ち合わせというのを後ろからこっそり観察する運びとなった。


 言っておくけど、別に2人の買い物をつけ回すなんてことはしない。

 合流して正門から出たところまでさりげなく見送って、2人の間柄を確かめるだけだ。飯島には気があるのかどうか、とりあえずはそこを確かめないことにはどうしようもない。


「ただ、僕も恋愛経験なんてないから、あまり信用しないでよ」

「わかってるよ。こうして我が儘を聞いてくれるだけでありがたいし」


 そんなやり取りをしてタッグを組んだ僕等だが、正直どうなるかなんて予想も付かない。

 若干不安に思いつつも、僕等は待ちあわせ場所へ向かった。

 せめて、2人が両思いであってくれたなら、キューピッドも楽なんだけどなぁ。


――。

 

 待ちあわせは、管理棟裏。

 正門とは少し遠い場所だった。

 たぶん、お互いに変な噂を立てられないための配慮なのだろう。


 昇降口を出て管理棟の正面から裏手に回る。

 果たして、待ち人はきちんと校舎裏にいた。サッカーのユニフォームから既に制服に着替えており、肩にはスポーツバッグを提げていて、もう片方の手でスマホを弄っていた。

 イケメンてどんな姿勢でも様になるよな、ほんとズルい。

 その隣には、友人と思われる男子生徒がいて、2人揃ってスマホを弄っていた。


「じゃあ、僕はここで少し観察してるから、行ってきて――」


 そう言って、朝比奈を送り出そうとしたそのとき、不意にもう1人の男子生徒の声が聞こえてきた。


「お前、このあと朝比奈さんとデートなんだって? かー、モテ男はいいな!」


 その声に、足を踏み出しかけていた朝比奈さんの足が止まる。

 自然と、思い人の反応を伺うフェーズに突入した。


「はぁ? そんなんじゃねぇって。向こうから買い物に付き合って欲しいって言われただけで。俺としてはちょー迷惑って感じ」


 お、おいバカ! なんてこと言うんだ!

 こころの中でそう思うが、残念ながら伝わるはずもない。


「またまたー。そんなこと言って、あの子絶対お前のこと好きだって! よかったじゃん、可愛い子に好かれて。合法でヤらせてくれるかもよ?」

「だから興味ねぇって、あんなブス。どう思われてようが、ほっときゃいいだろ」


 決定的な言葉が、飯島の口からこぼれる。

 

 正直僕は、頭の中が真っ白でどうすればいいかわからなかった。

 今の言葉を朝比奈が聞いていないなんてことは、あるはずがない。

 状況は最悪中の最悪。


「あ、あのさ朝比奈さん。たぶん、アレは飯島くんなりの照れ隠しで、だからたぶん――」


 情けなくも言い訳しかできない僕は、彼女が今どんな表情なのか確認するのが怖くて、そっぽを向いたまままくし立てる。

 が、僕の言葉を遮るように朝比奈さんが、服の裾を掴んできた。


「朝比奈さ――っ!」


 反射的に彼女の方を振り返った僕は、思わず息を飲む。

 朝比奈梨子は――泣いていた。正確には、目元に涙を溜めて、必死にこぼれないようにせき止めているが、それはもう泣いているのと同じ事だ。


「ごめん。せっかく、私の我が儘に付き合ってくれたのに、こんな結果になっちゃって」

「! 今、そんなことはどうでもいいよ……!」


 僕のことなんてどうでもいい。

 今彼女は、逃げ出したいほどに辛いはずだ。でも、約束しているから逃げられない。彼女は、とても律儀な人なんだ。

 そのとき、飯島の言葉が耳を突き刺してきた。


「ていうか、自分から呼び出しておいて来ねぇじゃん。時間も守れねぇとかヤバいだろあの女。こっちは。マジ死ねよ」


 ――その言葉で、十分だった。

 僕の中で、理性のタガが外れる音がした。


 遅れたのは、僕に着替えを覗かれるハプニングがあったから。そして、コイツの心ない言葉があったから。

 朝比奈梨子は、何も悪くない。

 なのに、どうして――っ!

 

「どうしてそんなことが言えるんだよ!」


 腹の底から吐き出した言葉に、飯島とその友人が驚いたようにこちらを振り返る。

 気付けば僕は、校舎の影から出て2人の見える位置に飛び出していた。


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