誘いの枕

「実家からの宅配物、か……一体なんだろ」



 仕事から帰ってきた夜、大家さんが預かっていた宅配物を受け取ってから部屋に戻ってきた。実家から何かが送られてくるのはよくあること。だから、また米とか野菜のような食材だと思っていた。けれど、段ボール箱の蓋を開けた俺の目に飛び込んできたのは、まったく別のものだった。



「これ……俺が実家にいた頃に使ってた枕じゃないか」



 カバーも当時のままであり、俺はそれを見ながら懐かしい気分に浸った。



「そういえば、どうせ実家に帰る機会もあるからと思って、これは置いてきてたんだったな。でも、どうしてこれを?」



 枕の他になにか入っていないかと思って中を探ると、他にも母さんからの手紙が入っていた。手紙には俺の部屋を掃除していた時に何故かこれが目に入り、送らないといけないような気持ちになったから送ってきたと書かれていて、手紙を読み終えてから俺は枕に視線を向けた。



「不思議な事もあるもんだな。けどまあ、最近仕事のストレスが原因で中々眠れてなかったし、ちょうどよかったのかもしれないな」



 枕は当然なにも言わずにそこにあったが、何故だか任せろと言っているような気がして、俺は思わずクスクスと笑ってしまった。



「そんなわけないのにな。さて、それじゃあ晩飯を食べたら、早速使ってみるとするか」



 枕をベッドの上に置いた後、俺は夕食の準備を始めた。そして夕食と風呂を済ませ、そろそろ寝るのにちょうどいい時間帯になった頃、俺は寝間着に着替えてからベッドの上に寝転んだ。



「はあ、今日も疲れたな……あ、実家から送られてきた枕を使うんだったな。でも、これを使ったからといってすぐに眠れるとも思えないな」



 ダメで元々という気持ちで枕を置き、掛け布団を肩までかけてから俺は枕に頭を乗せる。すると、花の香りのようなものがふわりと鼻腔をくすぐり、頭を優しく迎え入れるように枕がゆっくりと沈んでいった。



「な、なんだこれ……この枕、こんなに寝心地よかったか……?」



 あまりの寝心地のよさに驚いていたその時、俺の口からあくびが自然に漏れた。それと同時にここ最近まったく感じることがなかった心地よい眠気が襲う。



「こんなにしっかりと眠くなったのは久しぶりだな……」



 うつらうつらとしながら俺はゆっくりと目を閉じる。枕の柔らかさと掛け布団のちょうどよい重み、そして枕から漂ってくる優しい香りが俺をゆっくりと眠りへと誘い、それに俺は安心感を覚えた。



「そう、か……今の俺に必要だったのは、この枕だったんだな……」



 枕が変わると眠れないという人は世間にいるそうだが、俺もそれに近い人間だったのだろう。実家から送られてきたこの枕のおかげで、俺は心地よい眠りへと落ちていき、少しずつ意識も遠退いていった。



「あし、た……母さんにありがとうって伝え、ないと……な……」



 明らかに眠そうな声で紡がれる言葉は途切れ途切れであり、その事から俺がすっかり眠ってしまうまで間もないことは明らかだった。そして母さんや父さんの顔、そして実家での色々な思い出が頭の中を流れていく中で俺は心の中で枕におやすみと言いながらゆっくりと眠り始めた。

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