第8話 黎明の会
村岡直樹は、「黎明の会」という美術品保護団体に潜入する準備を進めていた。この団体は表向きには美術品の保存と復旧を目的とする非営利組織だが、その背後には戦中から続く美術品の闇取引や、文化財を巡る不穏な活動の影がちらついていた。
「村岡さん、事前に調べた情報では、黎明の会の代表は天野康之という人物です。彼は篠崎義隆の思想に共鳴していた可能性があります」
川村が資料を見せながら説明する。
「この天野という男、現場で目撃された黒いフードの男に似ているとの証言もあります」
「いいだろう。その天野とやらに会ってみる必要がある」
村岡はそう言うと、団体の定例会が開かれるという都内のギャラリーへ向かった。
ギャラリーに到着すると、そこには静かながらも洗練された雰囲気が漂っていた。壁には古い巻物や陶器が並べられ、そのどれもが黎明の会によって修復されたものだと説明されている。会場には十数人のメンバーが集まり、美術品や文化財について語り合っていた。
村岡は偽名を使い、新たなメンバーとして会に参加するふりをして内部の情報を探ることにした。しばらくすると、スーツ姿の初老の男が壇上に立った。彼が黎明の会の代表、天野康之だった。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。私たちの使命は、失われた文化を取り戻し、未来に伝えることです。それはただの保存ではありません――我々の歴史と誇りを取り戻す戦いでもあるのです」
天野の声には不気味なほどの情熱が込められており、その場にいたメンバーたちの目もどこか狂信的に輝いているようだった。
会の後半、メンバー同士の交流が始まると、村岡は天野に接触する機会を得た。
「初めまして、私は田中と申します。こちらの活動に興味を持ちまして」
「田中さん、ようこそ。失われた美術品を救うことに興味を持たれたのですね。それは素晴らしいことです」
天野はにこやかに微笑みながらも、その目には鋭い警戒心が宿っていた。
「しかし、救うだけではなく、犯した罪を償わせる必要があると思いませんか?」
「罪を償わせる?」
「ええ。我々の文化財がどのように奪われたのか、それを考えれば当然のことです。単なる保存ではなく、正義を執行することが重要なのです」
天野の言葉に、村岡は彼が何を示唆しているのかを慎重に探った。
その夜、ギャラリーを後にした村岡は、天野の動きを密かに追うことにした。天野はギャラリーから出ると、高級な黒い車に乗り込み、都内の繁華街へと向かっていった。
車は、古いビルの地下駐車場に入った。村岡は周囲に気を配りながら、天野の後を追う。ビルの中に入ると、そこは黎明の会のメンバー専用と思われる秘密の集会所だった。
村岡が物陰から様子をうかがうと、天野を中心に数人の男たちが集まり、テーブルに置かれた図面や資料を見ながら何かを議論していた。その中には、女人像の写真も含まれているようだった。
「次の標的は?」
天野が低い声で話し始めた。
「準備は整っています。文化庁の管理下にある土蔵に保管されている明治期の絵画です。爆破の計画も既に手配済みです」
「よろしい。文化を奪った者たちに報いを与えなければならない。これで第5段階に進むことができる」
その言葉を聞いた瞬間、村岡の中で全てが繋がった。黎明の会はただの団体ではなく、篠崎の思想を継承し、復讐と破壊を目的とした組織だったのだ。
村岡はその場を離れ、すぐに川村に連絡を入れた。
「天野が次の計画を動かしている。文化庁の土蔵が狙われる。すぐに手配を!」
「了解です!ただ、文化庁の管理施設は全国にいくつかあります。正確な場所を特定する必要がありますね」
「その絵画のリストを調べろ。天野たちが何を狙っているのか、そこに手掛かりがあるはずだ」
黎明の会の次なる計画は明らかになりつつある。だが、彼らの行動は執拗かつ巧妙だった。村岡は迫り来る危機を阻止するため、天野たちの動きを追う中で、更なる覚悟を決める必要があると感じていた。
「必ず止める――文化を守るためにも、この狂気をここで終わらせる」
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