第7話 消えた工房の秘密
篠崎義隆――戦中に美術品を収集し、その後に失踪した謎の男。彼の存在が事件の中心に近づいていると感じた村岡直樹は、川村とともに桜工芸舎の廃墟をさらに詳しく調べていた。
工房の内部は、過去の栄光を想起させる遺物が散乱していた。錆びついた工具、朽ち果てた帳簿、そして埃をかぶった木箱。それらが、かつてここで精巧な美術品が作られていたことを物語っている。
「村岡さん、これを見てください」
川村が棚の奥から古びたアルバムを見つけ出した。その中には、篠崎と名乗る男が、職人たちとともに美術品を製作している写真が何枚も収められていた。特に目を引いたのは、女人像にそっくりな彫刻を手に持つ篠崎の姿だ。像の台座には、かすかに「終わりの始まり」と彫られているのが確認できた。
「これだ……篠崎が関与していた証拠だ」
村岡は写真を一枚抜き取り、じっと見つめた。篠崎の表情には、どこか狂気じみた情熱が浮かんでいる。
その後、工房の地下室を調査していた村岡たちは、不自然に新しい痕跡を発見した。床の隅に積まれた木箱の中には、桜工芸舎の名前が入った古い設計図が収められていた。その図面には、女人像や他の彫刻の設計が詳細に描かれている。
「この図面、犯人が持ち出さなかったのはなぜだ?」
川村が首をかしげる。
「いや、違う。これを残したのは犯人自身だ」
村岡は図面の端に書かれたメモに気づいた。そこには、こう書かれていた。
「失われた美術品は復讐を語る」
「復讐……」
村岡は図面を握りしめながら、その言葉の意味を考えた。篠崎がこの言葉を残したのか、それとも犯人が篠崎の思想を受け継いでいるのか。
署に戻った村岡は、さらに篠崎の過去を調べるため、美術品関係の情報に詳しい人物を訪ねることにした。それは、篠崎の工房で職人をしていた過去を持つ、現在は隠居中の老人・佐伯隆一だった。
佐伯は篠崎について語り始めた。
「篠崎さんは、才能あふれる芸術家でした。ただ、戦争が彼を狂わせたんです。彼は、戦中に持ち込まれた美術品を保存することに異常な執着を持っていました。それが彼にとっての使命だったのかもしれません」
「美術品の保存?」
「ええ。ただ、それは善意だけじゃない。彼は『文化は武器だ』と考えていました。その思想に賛同する者たちを集め、桜工芸舎を作り上げたんです。彼の信念は、文化を奪った者たちへの復讐に変わっていきました」
「復讐……」
「ええ、戦争で失われた文化を取り戻すという名目で、他人の美術品に手を出し始めたんです。そして、戦後、ある日を境に姿を消しました。それ以来、彼の名前を聞いたことはありません」
佐伯の証言を基に、村岡はさらに調査を進めた。その結果、篠崎と関係が深い可能性のある団体が浮上した。それは、「黎明の会」という、美術品の保護と復旧を掲げる団体だった。
「黎明の会のメンバーに、現場で目撃された男と似た人物がいる可能性があります」
川村が報告する。
「それと、女人像の出どころも、黎明の会の拠点と一致する可能性があります」
村岡は決断を下した。
「次のターゲットがどこかを突き止める。その前に、黎明の会に潜入して内情を探る必要がある。奴らの本当の狙いを掴むんだ」
その夜、村岡は改めて女人像を見つめた。篠崎の思想を受け継いだ犯人が、文化財を盗み、爆破する理由。それは、ただの犯罪ではなく、戦争の傷跡と復讐の連鎖を背負った行為だ。
「この事件は過去の亡霊だ。だが、必ず止める」
村岡の決意は一層固くなり、事件の核心に向けた新たな一歩を踏み出す準備を整えるのだった。
第7話では、篠崎義隆の過去と桜工芸舎の役割が明らかになり、事件の動機が復讐に結びついている可能性が浮かびます。次回、第8話では、黎明の会に接近し、犯人にさらに迫る緊迫の展開が描かれます。
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