第6話 終わりの始まり

女人像に刻まれた「終わりの始まり」という文字。その謎めいた言葉を手掛かりに、村岡直樹は捜査をさらに進める決意を固めていた。像の背後にある物語が解明されない限り、この連続事件の核心には迫れない。村岡は像を分析するため、専門家の元を訪れることにした。


場所は都内の美術品修復研究所。彫刻や金属工芸の専門家として知られる山下教授は、女人像を手に取ると目を細めた。


「これは、戦後すぐに作られたものですね。独特の合金を使っています。この素材は、当時、特定の工房でしか扱われていませんでした」

「その工房について、何かご存じですか?」

村岡が尋ねると、山下教授はうなずいて答えた。


「工房の名前は『桜工芸舎』。終戦直後に設立されましたが、10年ほどで閉鎖されたと聞いています。その工房の作品には、必ずこのような特徴的な署名や刻印が入っています。ただ……この像は少し異質です。当時の桜工芸舎が手掛けた他の作品とは、造形があまりにも異なります」


「異なる?」

「はい。桜工芸舎の作品は、もっと写実的なものが多いのですが、この像はどこか象徴的で、異様な雰囲気を感じます。それに、この『終わりの始まり』という刻印も、私の知る限りでは見たことがありません」


「他に何か心当たりは?」

「桜工芸舎の元オーナーについて調べるといいかもしれません。当時の記録によると、彼は文化財や美術品の保存に異常なまでの執着を持っていたそうです。戦中には、海外から持ち込まれた美術品を集めていたという噂もあります」


研究所を出た村岡は、川村に指示を出した。

「桜工芸舎について徹底的に調べろ。特に元オーナーの経歴だ。奴がこの像の背後にいる可能性が高い」

「了解です!」


同じ頃、別の捜査チームが、寺院の土蔵から発見された女人像の台座を調べていた。その結果、台座の底にわずかな隠し蓋があることに気づいた。慎重に開けると、中から薄い巻紙が出てきた。


巻紙には、一連の事件で盗まれた美術品のリストとともに、こう書かれていた。


「失われた文化を取り戻す」


「文化を取り戻す?」

そのメッセージを見た村岡は、犯人が文化財や美術品を通じて何か大きな目的を持っていることを確信した。単なる窃盗や破壊ではなく、もっと深い動機がある。だが、それが何を意味するのかはまだ不明だった。


その夜、川村から新たな情報が入った。

「桜工芸舎の元オーナーについてですが、名前は篠崎義隆。戦中、海外の美術品を秘密裏に集めていた記録があります。ただ、彼は10年前に失踪しています」


「失踪?」

「はい。その後、彼の活動についてはほとんど記録がありません。ただし、彼の家族や関係者が今も存命かもしれません。そこから追えそうです」


「篠崎……」

村岡はその名前を胸に刻みつつ、篠崎と女人像、そして犯人との関係を解き明かす必要性を感じた。


翌日、村岡たちは篠崎義隆の元工房があった場所を訪れることにした。工房は今や廃墟と化しており、周囲には雑草が生い茂り、長らく人が訪れていないことがうかがえた。


だが、その廃墟の中に、一枚の写真が残されていた。写真には、篠崎と思われる男性と、女人像に似た彫刻が写っていた。その背景には、戦時中の美術品と思われる数々の品々が並んでいた。


村岡は写真を手に取り、呟いた。

「これが、事件の始まりの場所か……?」

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