第4話 暗闇に潜む手

翌朝、村岡直樹は署内の捜査会議室にいた。夜通しの捜査にも関わらず、彼の目は疲れを見せず、テーブルに広げられた資料を食い入るように見つめていた。昨夜の美術館での一件で、連続事件の大胆さが一段と際立った。


女人像、盗まれた陶磁器、爆弾――すべてが一連の事件を繋ぐ糸だが、その糸の先には依然として犯人の姿が霞んで見える。


「村岡さん、昨夜の煙幕に使われた成分の分析結果が出ました」

川村が結果の紙を持って現れた。

「煙幕に使われた成分は軍用にも使われるものですが、最近では特定の建設業者が取り扱っています。その一部が闇市場にも流れている可能性があります」


「闇市場か……」

村岡は顎に手を当てて考え込んだ。これまでの事件の手口といい、爆破や煙幕などの専門的な技術から見ても、犯人は素人ではない。

「その闇市場について、さらに掘り下げて調べろ。特に、美術品や武器取引に関与している可能性が高い業者を探せ」


捜査が進む中、別の手掛かりが浮上した。美術館の監視カメラの映像を解析した結果、犯人のものと思われる黒いバンが美術館の裏手で確認された。だが、車のナンバープレートは偽装されており、そのまま市内へ逃走していることが判明した。


「車を逃がしたのは痛いな……」

川村が悔しそうに呟く。

「だが、このバンを追いかければ何か分かるかもしれない。監視カメラの映像をさらに辿って、追跡ルートを洗い出せ」

「了解です!」


夕方、村岡は情報提供を受けて、ある古美術商を訪ねた。店内には所狭しと並ぶ骨董品や美術品が薄暗い光に照らされ、独特の重厚な空気を醸し出している。

迎えたのは、やせ細った中年の男性、工藤誠だった。


「村岡さん、美術館での件、お聞きしました。大変でしたね」

工藤はどこか興味深げに微笑む。

「今日は何をお聞きになりたいんです?」


村岡は、女人像の写真をテーブルに置いた。

「この置き物について、何かご存知ですか?」


工藤は写真を見つめると、一瞬だけ表情が硬くなった。だが、すぐに平静を装う。

「ええ、見覚えがあります。このような像は、戦後すぐに作られたものだと聞いたことがあります。特注品で、ある特定の工房で製造されていたとか」


「その工房について詳しく教えてください」

「正確な場所は分かりません。ただ、当時のオーナーはかなりの変わり者だったようで、作品に独自の美学を持っていたと聞いています。そして、今は廃業しています」


「他に何か心当たりは?」

「そうですね……この像を見てふと思い出しましたが、最近、この像に似たものを持ち込んできた客がいましたよ。彼は高値で買い取れと言いましたが、どうも怪しい感じがしてね」


「その客の特徴は?」

「40代後半で、スーツ姿。物腰は柔らかかったですが、何か隠しているような雰囲気でしたね。名前までは……申し訳ないが、覚えていません」


捜査が一歩進展した矢先、署に緊急の連絡が入った。

「村岡さん、次の犯行が予告されました!」


予告されたのは、市内の歴史的な寺院に隣接する土蔵だった。その土蔵には、幕末期の刀剣や巻物が保管されている。犯人が予告状に記した言葉はただ一つ。


「歴史を焚き付ける準備は整った」


村岡の目が鋭く光る。犯人の狙いがますます明確になる一方で、次の現場をどう守るか、緊迫した空気が捜査本部を包んでいた。


「次は確実に捕らえる。あの置き物の正体とともに、この事件の本当の動機を掴む!」


村岡の決意の言葉が、捜査チームの士気を高める。犯人との戦いは、次の局面へと動き始めていた――。


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