第3話 美術館の静寂
美術館の館内は、深夜の訪れとともに不気味な静けさに包まれていた。展示室には幾つもの美術品が並び、それらを照らす微かな照明が陰影を作り出している。その中で一際目を引くのは、中央のガラスケースに展示された江戸時代の陶磁器だった。精緻な模様と純白の輝きは、数千万の価値があると言われている。
村岡直樹は、美術館の警備室に詰めながら、無線機に耳を傾けていた。
「警備員たちに徹底して巡回させろ。どんな異変でもすぐに報告だ」
館長の佐々木はその隣でソファに腰掛け、不安げに眉をひそめていた。
「村岡さん、これで大丈夫なんでしょうか……犯人はずっと先を読んでいるような気がしてなりません」
「大丈夫です。今回は絶対に手を打ちます」
村岡は短く答えたが、内心では不安を隠せなかった。今回の狙いが何かはまだ完全には読めない。ただ、美術館のセキュリティが狙われることを前提に警戒を強めるしかなかった。
午前2時。静寂の中で、小さな音が響いた。それはまるで、金属が擦れる音のようだった。無線がすぐに反応する。
「館内南側の非常扉に異常があります!」
村岡は無線を掴み、指示を出した。
「全員配置を確認。川村、南側の扉を確認しろ!」
川村が駆け出すのを見送りながら、村岡も腰の拳銃を確認し、後を追う。
非常扉に到着すると、すでに川村が扉のロックを確認していた。扉の縁には、細い切断痕が残されている。プロの手口だ。
「扉を開けて潜入した形跡があります。誰かが中にいるかもしれません」
「美術品に異常は?」
「まだ報告はありません。だが、急いで確認を……」
村岡はすぐに館長に連絡を取り、展示室のチェックを指示した。同時に警備員たちを増員させて館内を封鎖する。
午前2時15分。村岡が展示室にたどり着いたとき、予感が的中した。江戸時代の陶磁器が収められていたガラスケースが破られ、中身が消えている。
「くそっ!」
村岡が低く唸ると、無線が再び鳴った。
「北側の非常口付近で黒い影を目撃しました!」
村岡と川村はすぐに北側に向かった。途中、足音が微かに響くのが聞こえた。それはまるで、こちらを挑発するかのような冷静さを帯びている。
「逃がすな! 包囲するんだ!」
追跡の末、村岡たちは美術館の裏手にたどり着く。そこには黒いフードを被った人物が立っていた。顔はマスクで隠され、その手には陶磁器が収められた袋が握られている。
「警察だ! 動くな!」
だが、男は微動だにせず、ゆっくりと袋を地面に置いた。そして懐から何かを取り出す。それは――タイマー付きの小型爆弾だった。
「待て!」
村岡が叫ぶが、男は爆弾を地面に置き、煙幕を使ってその場を逃走した。視界が白く覆われる中、村岡は歯を食いしばりながら爆弾を確認する。タイマーはあと5分。
「川村、爆弾処理班を呼べ!」
タイマーが止まる寸前、爆弾は安全に解除され、周囲は安堵の空気に包まれた。しかし、犯人はすでに姿を消し、陶磁器も持ち去られた。
事件の後、村岡が確認したのは、再び現場に残された女人像だった。それはまたしても不気味な笑みを浮かべているかのように、瓦礫のそばに置かれていた。
村岡は像を手に取り、静かに呟いた。
「これはただの泥棒じゃない。もっと大きな狙いがある……」
次の動きを予測しながら、村岡は犯人との次なる対決に向けて、さらに警戒を強めるのだった。
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