第2話 静かなる挑発

冷たい風が深夜の空気を切り裂く中、村岡直樹は、再び現場となった土蔵に足を踏み入れた。そこは、彼が数年前に文化財窃盗の捜査で訪れた場所だった。築150年を超える歴史ある土蔵は、白い壁が崩れ、焼け焦げた木材の破片が散乱している。


「村岡さん、例の置き物、ありました」

川村が小走りで近づき、女人を模した合金製の置き物を手渡す。

村岡はため息をつきながら、それを見つめた。爆破された土蔵から見つかるのはこれで四度目だ。


「またか。犯人はこれを残す理由を見せつけている……ただの挑発か、それとももっと深い意味があるのか?」

置き物には変わったところはない。だが、その不気味な造形と、無意味に見えるほど完璧な残し方が、村岡の中に不安を募らせていた。


「村岡さん、これ、見てください」

瓦礫を調べていた川村が、焦げた紙片を持ってきた。その端には、手書きで一言だけ、こう記されていた。


「時間は待たない。文化は灰になる。」


「文化は灰になる、か……」

村岡は紙片をしばらくじっと見つめた後、川村に指示を出した。

「筆跡の解析を急げ。そして、この文言を美術品や文化財の保存に関わる過激派団体のスローガンとして使っていないか、調べろ」

「了解です」


翌日、村岡は署内の捜査会議で新たな情報を共有した。犯人はただの窃盗犯ではなく、美術品や文化財に特定の意図を持って執着している可能性が高いと指摘する。

「盗まれた品物のリストを見ろ。いずれも戦前、あるいは戦中に海外から持ち込まれたものが多い」

「まさか……文化財を狙った報復?」

「断定はできないが、そういう動機も考えられる。だが、あの女人像は何の象徴だ? それが分からない限り、犯人の全貌は見えない」


会議の空気が重く沈む中、川村が新しい手掛かりを報告した。

「女人像の素材ですが、特殊な合金で、量産品ではありません。製造元を特定するのは難しいですが、彫刻のスタイルは、戦後すぐの工房に近いものです」

「戦後の工房……さらに掘り下げろ。その工房と盗まれた美術品の間に関係があるかもしれない」


その夜、村岡は捜査資料に目を通しながら、一連の事件の意図を考え続けていた。窃盗と爆破。残された女人像。挑発的なメッセージ。いずれも目的がバラバラに見えるが、どこかでつながるはずだ。


突然、机の上の携帯が震えた。着信画面には、地元の美術館の館長、佐々木誠の名前が表示されている。

「佐々木さん、どうしました?」

電話越しに緊張した声が聞こえた。

「村岡さん、今夜、うちの美術館が狙われるかもしれません。先日、奇妙な男が見に来たんです。何か嫌な予感がするんです」


「どんな男だ?」

「40代くらい、落ち着いた口調で、美術品に詳しい様子でした。ただ、その男が帰ったあと、妙な封筒が届きまして……中には、あなたの現場で見つかったのと同じ女人像の写真が入っていたんです」


村岡の心臓が一瞬、速く鼓動する。

「すぐにそちらに向かいます。館内の警備を強化して、誰も近づけないように!」


村岡は急いで準備を整え、車に乗り込んだ。連続事件の鍵を握る犯人が、次の一手を動かし始めている。村岡の目は鋭く光り、ハンドルを強く握りしめた。


「次は絶対に逃がさない――」


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