第1話 爆炎の序曲
冬の空は灰色の雲に覆われ、夜の街外れには静寂だけが漂っていた。その平穏は、一発の爆音によって無惨に打ち砕かれた。
田園地帯にぽつんと佇む古い土蔵が、火の手を上げながら崩れ落ちる。瞬く間に燃え広がる炎が雪に覆われた地面を赤く染めた。その光景を遠目に眺める一人の影が、微かに笑みを浮かべて姿を消した。
「またか……」
現場に到着した刑事の村岡直樹は、焦げた土蔵の瓦礫を見下ろしながら、眉間に深いしわを寄せた。
周囲にはまだ煙の匂いが立ち込め、消火活動の痕跡がくっきりと残っている。
「連続事件、これで三件目ですね」
隣で部下の川村が吐き捨てるように言った。
「派手に爆破して、高価な美術品を盗む。しかも、必ずあの女人の置き物を残していく……」
川村が瓦礫の上から拾い上げたのは、あの奇妙な金属製の女人像だった。20センチほどの高さのその像は、艶めかしいポーズを取っている。だが、その顔はどこか歪み、見る者に薄気味悪い印象を与えた。
「なぜこれを残す?」
村岡は女人像を手に取り、重さと冷たさを確かめるように指先で触れた。犯人の意図は全く掴めない。通常、こんなものを残せば手掛かりになり得る。だが、今のところ、それすらも謎のままだった。
「爆破の仕掛け方もプロの仕事ですね」
川村が近くの瓦礫を指さす。そこには、焼け焦げた爆弾の部品がわずかに残っていた。
「この手際の良さ、素人じゃない。しかも盗まれた品は高価な美術品ばかり。目的が金なら、置き物を置いていく理由が分からないんですよ」
村岡は答えず、代わりに現場を一周して目を凝らした。土蔵の周囲に足跡はなく、爆弾を仕掛けた形跡も見当たらない。すべてが計算し尽くされ、証拠を残さない手口だった。
「村岡さん!」
一人の捜査員が駆け寄り、新しい情報を報告した。
「土蔵の所有者が何か気になることを話してくれました。事件の数日前、見知らぬ男がこの土蔵を見せてほしいと頼みに来たそうです」
「どんな男だ?」
「身なりは上品で、美術品収集家のような話しぶりだったと。名刺は渡されなかったらしいですが……」
村岡の目が鋭く細まる。その男が何者であるかはまだ不明だが、この連続事件に関与している可能性が高い。
「川村、この情報を基に周辺で似たような目撃談がないか探れ。あと、この女人像について、工房や製造元の特定を急げ。どんな些細な情報でもいい」
「了解です」
村岡はもう一度、女人像に目を落とした。その冷たい金属の質感と、不気味なまでに細部まで彫り込まれたデザインが、妙に頭から離れなかった。
その夜、村岡が帰宅する直前、警察署の無線が再び鳴り響いた。
「次の土蔵が狙われています。場所は――」
無線の声が告げたのは、村岡がかつて捜査に携わった、重要文化財に指定されている土蔵だった。
「土蔵破りの爆弾魔」は、次なる標的へとすでに動き出していた。
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