僕の心に気付いてよ

ぬーん

僕の心に気付いてよ

土曜日の夕方、日も暮れ始めた本多美結の部屋で、珍しく課題に追われている彼女の姿があった。

なんでも月曜日に学科の授業で指名されるらしく、圭佑がお昼に遊びに来た時から忙しそうで、教科書や図書館で借りてきた本の頁を捲りながら、美結はかなり頭を悩ませている様子だった。

美結のあんな顔、初めて見る。

大きな窓側のソファーに座っていた三田圭佑はそっと美結に近づき、パンツのポケットからスマホを取り出した。

夕日のオレンジ色を反射して、キラキラしている美結の写真を一枚だけ撮った。

カシャッ、というシャッター音に慌てた圭佑がスマホを床に落とすと、驚いた美結がこちらを振り返る。

「え…?だ、大丈夫?圭佑。」

「いや、寧ろ勉強の邪魔してごめん。美結。」

「ううん。こっちこそ、何もしてあげられなくてごめんね。」

申し訳なさそうにしている美結に、「俺なら大丈夫だから。」と、スマホを慌てて持ち上げて画面を消しながら伝えた。

圭佑の様子に一瞬だけ訝しげな表情を浮かべた美結だったが、また手元の課題に着手し始めた。

外はすっかり日が落ちて、空には一番星が見え始めた。

部屋に明かりが点いてからも、スマホをいじってインスタを見たり、美結が借りてきた本を数頁読んで時間を潰していた圭佑ではあったが、流石に少し…いや、かなり寂しい。

恋人が同じ空間にいるというのに、数時間何もしない状態というのは、美結と付き合ってから初めての事だった。

いつも通りであれば、次のデートの話や学校であった何気ない事を沢山話している。

寂しい、と美結に伝えてもいいのだろうか。

彼女が一生懸命頑張っているというのに、声をかけてしまっては邪魔ではないだろうか。

いや、でも…。

「ぐぬぬっ…。」

「ふふっ…。圭佑どうしたの?」

一人百面相をして悩んでいる圭佑の耳に、美結の笑い声が聞こえてきた。

「ん゙んっ…美結、もう課題はいいのか?」

「うん!ある程度は終わったから。」

圭佑と話しながら美結は、トントン、と机の上の教材とノートをまとめている。

「ん〜〜…はぁ……。」

思い切り伸びをした美結を目で追っていた圭佑は、やっと話ができると目を輝かせる。

「お茶、入れ直そうか。」

「えっ、」

「えっ?だって、もう紅茶入ってないでしょ?ティーカップも洗い直すね。」

よいしょ、と立ち上がった美結が手に持っているのは、二人で選んでお揃いで買ったティーカップだった。

嬉しさに顔をほころばせる圭佑だったが、美結の「ちょっと待っててね。」という言葉にシュンと落ち込んだ。

「ま、待って美結。俺も行く。」

慌ててソファーから立ち上がった圭佑は、美結の後ろを追いかけた。

キッチンに着くと、流しにティーセットを置く美結。

腕捲りをしようとロンTの袖を捲ろうとすると、するりと圭佑の腕が伸びてきて、クルクルと数回腕捲りをしてくれる。

「あ、ありがとう…圭佑…。」

「…別に、俺がこうしたかっただけだから。」

照れながらお礼を言った美結は、後ろから抱き締められるように腕捲りをされた為、圭佑の声がより近くで聞こえる。

「あ、あの圭佑…。私、お茶の準備したいんだけど…。」

「……しなくていい。」

「こらこら…。」

「……。」

そのまま黙ってしまった圭佑の表情は俯いていて、美結は確かめることができなかった。

「…圭佑?」

優しく圭佑に声をかけ腕をポンポン触ると、圭佑がそのまま後ろから美結を抱き締めてきた。

美結の右肩にグリグリと顔を埋めると、柔らかい圭佑の髪の毛が首筋にあたって擽ったい。

「…寂しかった。」

消え入りそうな声でそう呟いた圭佑の言葉に、ハッとした美結。

美結を抱きしめる圭佑の腕に、自然と力が入ったのがわかった。

「…本当は、寂しくて死にそうだった。」

「そっか…。…ごめんね、圭佑。」

「ん…。」

左手で圭佑の頭を美結が撫でると、その手にすり寄ってくる圭佑が、とても愛おしいと思う美結。

「…もう暫くこのままでいてもいい…?」

「もちろん。」

美結の言葉に嬉しそうに笑った圭佑は腕の力を緩めると、美結を自分の方に向かせ、改めて抱き締める。

美結は圭佑の胸に頬を寄せると、背中に手を回し抱き締め返した。

少し経ってから美結が圭佑を見上げると、少し涙目になっていた。

「…寂しくさせてごめんね。」

「いや、俺の方こそごめん。」

謝った後に自然に笑みがこぼれた二人は、どちらともなく目を瞑り、触れるだけの優しいキスをした。

ティーセットを準備してリビングに戻ると、美結が口を開く。

「ところで、どうしてさっきあんなに慌ててたの?」

「えっ!?いや、それは…。」

「…言えないことなの?」

慌てる圭佑をジト目で見る美結。

「違、くて…その、美結の写真を撮っただけだよ。」

「写真?」

「うん。難しい顔をしているのが可愛くて…つい…。」

「ふふっ、なーんだ。そんなことか。」

美結が笑った事にホッと胸を撫で下ろした圭佑だったが、次の瞬間。

「でも、その写真削除してね。」

「えぇっ!?な、なんで…。」

「だって、不意打ちの写真なんて変な顔してると思うし、恥ずかしいもん。」

「だっ、駄目!美結はいつも可愛いから、心配いらない!」

圭佑の言葉に顔を真っ赤にする美結と、自分の言葉にハッとして固まる圭佑。

「と、とにかく…!毎日本当に可愛いから、安心して…。」

「あ、ありがとう…?」

愛おしいようなむず痒いような空気が流れるリビングで、顔を真っ赤にした二人は向かい合う。

「ふふっ、圭佑耳まで真っ赤だよ。」

「み、美結こそ…。」

「ありがとう、圭佑。」

そう言うと美結は、圭佑の頬に触れるだけのキスをした。

「えっ…。」

呆気に取られ頬を押えている圭佑を見て、美結は「幸せ」と微笑んだ。

「俺も今、すごく幸せ。」

「うん…!」

二人は幸せを噛み締めながら微笑み合う。

見つめ合った美結の手を取り、自分の方へ抱き寄せると、圭佑は愛おしそうに美結にキスをした。

夜の帳が降りた頃、どうかこの幸せが永遠に続くものであればいいと願い、目を閉じる。

二人を優しく見守る星空から一つ、大きな流れ星が流れていった。

それはまるで、永遠に解けない魔法が掛けられたようだった。



「僕の心に気付いてよ」



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