第26話:譲れない想い

カフェのテーブルを挟んで座る天羽翔太と平田亮。高校時代の思い出話に花を咲かせた後、平田はカップの中身を飲み干してから、満を持して切り出した。


「天羽、実はお願いがあって来たんだ。」


天羽は眉を上げ、興味津々といった表情を浮かべた。


「お願い? 何だよ。何か困ってるなら力になるけど……。まさかマルチじゃないだろうな?」


冗談めかして言う天羽に、平田は吹き出しそうになりながら首を横に振った。


「違う違う。……アニメの主題歌を、天羽に歌ってほしいんだ。」


その言葉に、天羽は一瞬フリーズしたかのように目を丸くした。しばらくの沈黙の後、ようやく口を開く。


「え、ちょ、待て待て。アニメの主題歌って……お前、それ本気で言ってるのか?」


平田は真剣な目で頷く。その表情に冗談ではないことを悟った天羽は、呆然としたまま尋ねる。


「そもそもお前の小説、アニメ化するくらい売れてるのかよ?」


平田は少し照れくさそうに鼻をかきながら答えた。


「一応、シリーズ累計で500万部突破してる。」


「……は?」


天羽の声が裏返る。さっきまでの余裕はどこへやら、完全に驚愕していた。


「500万部!? いやいや、それならさ、有名な歌手に歌ってもらったほうが絶対いいだろ! 俺なんかでいいのか?」


平田は静かに首を横に振った。


「それじゃダメなんだ。俺にとって、このアニメはただの作品じゃない。俺の夢が形になったものなんだよ。そして、その夢のスタート地点にはお前がいた。」


天羽は言葉に詰まった。平田の目は真剣そのもので、そこには譲る気配が全く見えない。


「天羽がいなかったら、俺はここまで来られなかった。だから、この作品の一部にお前がいてくれなきゃ、完成しないんだよ。」


天羽はしばらく考え込んだ。彼は平田の想いを軽く扱いたくなかったが、それでも自分に務まるのかという不安があった。


「でもさ……俺、プロの歌手でもなんでもないんだぜ? そんな大事な主題歌を、俺みたいな素人が歌っていいのか?」


平田は少しだけ微笑み、力強い声で答えた。


「天羽は素人なんかじゃない。お前はいつも、みんなの注目を集めてきた。それは才能だよ。そして、このアニメのテーマにもぴったりなんだ。誰よりも目立つ男が歌う主題歌。これ以上にふさわしい人はいない。」


天羽はため息をつき、テーブルに肘をついて頭を抱えた。


「お前、本気で俺にそんな大役を任せる気かよ……。お前の夢にケチつけたくねぇけど、俺、歌ったことなんてねぇぞ?」


「大丈夫。ボーカルトレーニングもついてるし、プロの指導も入る。準備は俺たちが全力でするから、天羽は気持ちだけで十分だ。」


その言葉に、天羽はしばらく黙り込んだ。平田がここまで真剣に頼むのなら、断る理由はなかった。


「……わかったよ。でも、俺がやらかしても知らねぇぞ?」


平田の顔がぱっと明るくなった。


「ありがとう、天羽! お前なら絶対にやれるって信じてるから!」


天羽は苦笑しながら、カフェの窓の外に目をやった。


(……高校の頃と変わらねぇな、コイツ。本当にしつこい。でも、まぁ……悪い気はしねぇか。)


こうして、天羽翔太の新たな挑戦が始まることになった。アニメ主題歌の収録という、野球とは全く違う世界への第一歩が、静かに動き出した。

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