1年目オフシーズン
第25話:頼まれた夢の舞台
北海道ウォーリアーズがオフシーズンに突入したのは、10月初旬のことだった。今シーズンはチームとしては低迷が続いたものの、天羽翔太にとっては目立つ活躍を随所で見せることができた年だった。
しかし、オフシーズンに入ると、次に何を目指すべきか少し迷いが生じていた。自主トレをどう組むべきか、田中亮太に相談するか、それとも自分なりの方法を見つけるか。
そんな時、スマホが震えた。画面には見覚えのある名前が表示されている。
「平田?……高校時代のアイツか?」
天羽はしばらく躊躇したが、通話ボタンを押した。
「お久しぶり、天羽! 久しぶりに話せないかな? 実は会いたいと思ってさ。」
突然の誘いに天羽は眉をひそめる。
(これ、もしかしてマルチ商法とかだったらどうする? 俺、そこそこ有名になってきたし、狙われる可能性も……)
とはいえ、平田は高校時代の友人で悪い印象はない。警戒しつつも、カフェで会うことを了承した。
指定されたカフェに着くと、平田が既に席に座っていた。高校時代より少し痩せたようにも見えるが、雰囲気は変わらない。天羽を見ると、彼は笑顔で立ち上がり手を振った。
「天羽! 本当に来てくれてありがとう!」
「おう、久しぶりだな。でも、いきなりどうした? 急に連絡くれるなんて、なんか怪しいだろ普通。」
冗談交じりに言う天羽に、平田は少し笑って答える。
「いやいや、怪しいことなんて何もないよ。ただ……最近の活躍、本当にすごいなと思ってさ。新聞で見るたびに、俺の知ってる天羽がこんなに頑張ってるのが誇らしいっていうか。」
天羽は少し照れたように肩をすくめた。
「いや、俺なんかまだまだだよ。チームがもっと勝てるようにしないとな。……で、何の用だよ? ただ褒めたいだけじゃないだろ?」
平田は少し口ごもりながら、「実はさ」と話し始めた。
◇
平田にとって、高校時代は決して明るいものではなかった。教室では目立たない存在で、趣味のラノベ執筆も、誰かに話せるようなものではなかった。自分の書いた物語を誰かに見られることは、平田にとって「自分そのもの」を晒されるような恐怖だった。
そんな彼の高校生活が変わる出来事が起きたのは、ある日の放課後だった。教室の隅でノートにペンを走らせていると、クラスの不良たちにノートを奪われてしまった。
「おい、なんだこれ? 小説? へぇ~、亮くん、作家志望なのか?」
からかい混じりの声に、平田は顔を真っ赤にしてノートを取り返そうとしたが、力では敵わなかった。ページをめくられ、内容を読み上げられそうになったその時、声が響いた。
「おい、やめろよ。それ、アイツのだろ。」
振り返ると、天羽翔太が教室の入り口に立っていた。その一言に、不良たちは不満げな顔をしながらもノートを投げ返し、去って行った。
平田は震える手でノートを拾い上げ、天羽に頭を下げた。
「ありがとう……でも、大したもんじゃないんだ。ただの趣味だから……。」
しかし、天羽はニヤリと笑いながらノートを指さした。
「趣味だろうがなんだろうが、すごいことだろ。それ、小説なんだろ? 面白そうじゃん。俺にも読ませてくれよ。」
翌日、平田は意を決してノートを天羽に渡した。人に自分の書いたものを見せるのは初めてで、心臓が壊れそうだった。しかし、天羽は授業の合間にノートを読みふけり、時折笑ったり真剣な表情を浮かべたりしながら、ページをめくり続けた。
放課後、平田が恐る恐る感想を聞くと、天羽はこう言った。
「これ、マジで面白いな。俺、正直、小説とか普段読まねぇけど、めっちゃ引き込まれた。お前、才能あるんじゃね?」
その言葉は、平田にとって信じられないほど嬉しいものだった。誰にも見せたことのない自分の世界が、初めて肯定された瞬間だった。
「本当にそう思う?」
「ああ。お前、もっと自信持てよ。これ、ちゃんとした形にして世に出したらどうなるか、俺にもわからねぇけど……少なくとも、俺は読みたい。」
その日から、平田と天羽の交流が始まった。
天羽は学校のヒーローだった。野球部の4番として地方大会に出場し、毎試合好プレーを見せるたびに、学校中が彼を称賛した。平田は教室の隅っこで見ているだけだったが、天羽が試合の合間に声をかけてくれることが嬉しかった。
「亮、最近どうよ? 小説、進んでるか?」
「うん……少しずつだけど。」
天羽はそんな平田に、いつも無邪気に笑って励ました。
「焦らなくていい。お前はお前のペースでやれよ。俺も、プロになれる保証なんてどこにもないけど、今を全力でやるしかねぇしな。」
大会での活躍が続く中でも、天羽は平田の話を聞き、時にはアイデアを一緒に考えてくれた。その姿は、平田にとって「自分も頑張らなければ」という大きな刺激となった。
天羽に初めて相談してから半年後、平田に転機が訪れる。小説投稿サイトに投稿した作品が注目を集め、それがきっかけでラノベ大賞を受賞したのだ。そして、なんと出版社から正式に作家デビューが決まった。
その知らせを最初に伝えたのは、もちろん天羽だった。
「天羽! 実は、俺、作家デビューが決まったんだ!」
教室で平田が興奮気味に話すと、天羽は目を見開き、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「マジかよ!? すげぇじゃん、お前! やったな!」
天羽は自分のことのように喜び、平田の肩を何度も叩いた。そのリアクションに、平田は改めて天羽という存在の大きさを感じた。
「本当に、天羽が応援してくれたおかげだよ。ありがとう。」
「いやいや、俺は何もしてねぇよ。お前が努力したからだろ。でもさ、これからはもっと忙しくなるな。お前が有名になったら、俺も自慢するわ。『俺の友達が大物作家なんだ』ってな!」
平田はその言葉に笑った。天羽との何気ない会話が、どれだけ自分を支えていたかを、平田は心の中で改めて噛みしめていた。
振り返ってみれば、平田の高校時代は、天羽との交流によって彩られていたと言っても過言ではない。天羽の無邪気な励ましや、何気ない言葉が、どれだけ平田に勇気を与えたかは本人も気づいていないだろう。
「お前なら絶対にやれるよ。」
その言葉が、平田にとってどれほど大きな支えだったか。彼にとって天羽翔太は、ヒーローであり、友人であり、青春そのものだった。
「俺、頑張るよ。天羽も、絶対プロになってくれ。」
平田は自分の夢を追いながら、いつも心の中で天羽を応援していた。
◇
カフェのテーブルを挟んで座る天羽翔太と平田亮。高校時代の思い出話に花を咲かせた後、平田はカップの中身を飲み干してから、満を持して切り出した。
「天羽、実はお願いがあって来たんだ。」
天羽は眉を上げ、興味津々といった表情を浮かべた。
「お願い? 何だよ。何か困ってるなら力になるけど……。まさかマルチじゃないだろうな?」
冗談めかして言う天羽に、平田は吹き出しそうになりながら首を横に振った。
「違う違う。……アニメの主題歌を、天羽に歌ってほしいんだ。」
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