第20話:パフォーマンスの極意
札幌ウォーリアーズのクラブハウス。試合後の喧騒が落ち着いた頃、天羽翔太は鷹司新星監督に呼び出された。
「天羽、ちょっと来い。」
その声に、翔太は少し緊張した様子で監督室のドアをノックした。
鷹司は椅子に座り、窓の外を眺めていた。いつもの軽快な雰囲気とは違い、少し険しい表情だ。翔太が入ると、鷹司は振り返り、手で椅子を指差した。
「座れ。」
翔太は指示に従いながら、少し落ち着きなく監督を見つめた。
「何でしょうか?」
「今日の試合、よくやったな。予告ホームラン、あれで流れを持ってきたのは間違いない。正直、俺も驚いたよ。」
その言葉に、翔太は少しホッとしたような表情を浮かべる。
「ありがとうございます! あれ、結構ウケたみたいで――」
「だがな、ああいうことはもうやめろ。」
その一言に、翔太は口をつぐんだ。鷹司の目が鋭く光っている。
「翔太、お前、プロの世界で“目立つ”ってどういうことかわかってるか?」
翔太は何か言いかけたが、鷹司が続けた。
「お前が指差した瞬間、相手ベンチはどう思ったと思う?」
「……挑発してきた、って思ったんですかね?」
「そうだ。挑発だと思われる。次の試合、報復で死球を投げられてもおかしくない。」
その言葉に、翔太の顔が少し青ざめた。
「新人がそんなことをすれば、どんなに結果を出そうが相手チームからは目を付けられる。下手すりゃ、相手ベンチ全員がお前を潰しにかかってくる。」
翔太は唇を噛みしめ、視線を落とした。
「……すみません。」
「いや、謝る必要はない。お前は良い仕事をした。ただな、俺はお前に長くプロの世界で生き残ってほしいんだ。」
鷹司は椅子に深く座り直し、少し遠い目をして話し始めた。
「俺もな、昔はお前みたいに目立ちたがり屋だったんだ。プレーで魅せるのが好きで、派手なパフォーマンスばっかりやってた。」
翔太は驚いたように顔を上げる。
「監督もですか?」
「ああ。ホームランを打てばバットを派手に投げ捨てたり、盗塁を決めたら相手に聞こえるように叫んだりな。そのたびに相手チームから睨まれた。案の定、報復死球も何度も食らったよ。」
鷹司は苦笑いを浮かべたが、その目には深い苦労の色が滲んでいた。
◇
それは、鷹司新星が現役時代、まだ若手としてチームのスター選手になり始めた頃のことだった。
ある試合、鷹司は盗塁を決めた後、相手チームのピッチャーを挑発するようにベース上でガッツポーズを見せた。さらに次の打席では大きなバットフリップを披露し、相手投手の苛立ちを買った。
「俺を舐めるなよ。」
相手ピッチャーがそう呟いたのが聞こえた時、嫌な予感がした。
次の打席、初球は明らかに意図された死球だった。直球が鷹司の左脇腹に突き刺さる。
「ぐっ……!」
痛みに耐えきれずその場に倒れ込む鷹司。トレーナーに支えられながらも無理に立ち上がり、ベンチへと戻った。そのまま病院へ運ばれた結果、診断は「左肋骨骨折」。全治2か月の重傷だった。
「たった一球で……こんなことになるなんてな。」
復帰した頃には、若手の台頭でレギュラーを奪われていた。ベンチから試合を見つめる中、鷹司はその時初めて気づいた。
「派手なパフォーマンスは観客を沸かせるが、相手を挑発するだけでは自分の身を危うくする。」
それ以来、鷹司は「観客を魅了するパフォーマンス」と「相手を挑発しない振る舞い」の両立を目指すようになった。
◇
「あるとき、死球で肋骨を折ったことがあった。しばらく試合に出られず、その間にレギュラーを奪われた。あのとき思ったんだ――“パフォーマンスにはタイミングと意味がある”ってな。」
「翔太、お前の予告ホームランは確かにすごかった。ただ、あれは危うさも含んでいる。パフォーマンスってのは、ただ目立てばいいわけじゃない。相手を挑発するんじゃなく、観客を沸かせるもんだ。」
翔太は黙って鷹司の言葉に耳を傾けていた。
「俺は、お前にパフォーマンスの何たるかを教えてやる。観客を魅了しながら、相手に隙を見せない方法をな。」
翔太の目が輝き始めた。
「教えてください! 俺、もっと上手くなりたいです!」
鷹司は満足そうに頷き、翔太の肩を軽く叩いた。
「よし。まずは、相手の目を見てやれ。相手がどう動くかを読みながら、観客に最高のショーを見せるんだ。それがプロの“目立つ男”だ。」
翔太は拳を握りしめ、決意を新たにした。
「わかりました、監督。俺、もっと目立ちながら、もっと強くなります!」
◇
その翌日、天羽翔太は再び札幌ドームのスタメンに名を連ねた。試合前の練習中、彼は観客席に手を振り、子供たちに笑顔を向けた。その姿は、ただ派手なだけではない、自信に満ちたプロの選手そのものだった。
鷹司はベンチからその姿を見て、静かに微笑んだ。
「プロであることを忘れるなよ、天羽。」
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