第18話:迷いと覚悟
二軍練習場の片隅。夕陽が差し込む中、天羽翔太はバットを握りしめ、ぼんやりと虚空を見つめていた。その姿に気づいた青柳隼人が、守備練習を終えるとグラブを投げ置き、翔太の隣に腰を下ろした。
「どうした? お前がそんな顔するなんて珍しいな。」
翔太は少しだけ笑みを浮かべたが、どこかぎこちない。そして、ぽつりと切り出した。
「隼人さん……ちょっと相談してもいいですか?」
青柳は意外そうに眉を上げた。普段ビッグマウスで、自信満々の翔太がこんな風に弱気な態度を見せるのは初めてだった。
「どうした? 聞くだけならしてやるよ。」
翔太はしばらく言葉を探すように口をつぐんだあと、少しずつ話し始めた。
「俺……注目されると力が出るタイプなんですよ。人に見られてるって思うと、普段以上にいいプレーができる。だけど……最近、それに頼りすぎてるんじゃないかって思うんです。」
青柳は黙って翔太の話を聞き続ける。
「自分から二軍に志願して、もっと基本を見直そうって決めたけど……正直、何が正しいのかわからなくなってきて。俺の実力って、注目があって初めて成立してるんじゃないかって。そんなのプロ失格だろうって……」
最後の方は言葉が小さくなり、声がかすれる。青柳はそれを聞いて、静かに目を閉じた。だが次の瞬間、彼は思い切り手を叩いて立ち上がった。
「おい、翔太。お前、何言ってんだ?」
翔太は驚いて顔を上げたが、青柳の目は真剣そのものだった。
「お前、自分から一軍を降りて二軍に来ただろ? それ、何だと思ってんだよ。」
「……何って、俺には足りないものがあったから――」
「足りない? 舐めんなよ、プロを!」
青柳は一気に声を荒げた。普段穏やかな彼が声を荒らげるのは珍しいことだった。
「俺だって、一軍でやりたくて必死に食らいついてるんだ。それなのに、一軍でチャンスをもらえてたお前が、自分から降りてくる? 権利を手放してまで何を悩んでるんだよ。」
翔太は目を丸くし、言葉を失った。
「注目されて力が出る? それの何が悪いんだよ。それもお前の立派な才能じゃねえか。プロの世界ってのは、才能がすべてなんだよ。それを捨てるなんてバカのすることだ!」
青柳は翔太の肩をぐっと掴むと、さらに言葉を続けた。
「俺だってな、二軍の泥臭い生活から抜け出したくて毎日必死にやってる。でも、一軍でチャンスをもらえる権利があったお前が、自分からその場を降りるなんて、正直ムカついて仕方ねえんだよ!」
その言葉には切実な思いが込められていた。翔太はその迫力に押されながらも、何かを言い返そうと口を開いた。
「でも、俺――」
「でも、じゃねえ! お前がそうやって迷ってる間にも、誰かがそのチャンスをつかんでんだ。プロは甘くねえんだよ。」
青柳は息をついてから、少しだけ声を落とした。
「プロってのはな、自分の持ってるもんを全部使い切ってでも這い上がる世界なんだよ。お前の『注目されると力が出る』ってのも、れっきとしたお前の武器だ。それを活かすことに何を躊躇ってんだ。」
翔太は拳を握りしめた。その言葉が胸に突き刺さる。青柳の真剣さ、そしてプロとしての覚悟。それらが痛いほど伝わってきた。
「……俺、もっと頑張らなきゃダメですね。」
青柳は翔太の肩を叩き、言った。
「いや、頑張るとかじゃねえ。お前は目立つことで力を発揮できるんだろ? だったら、堂々と目立て。それを含めてお前の実力なんだよ。誰にも文句言わせるな。」
翔太は目を閉じ、深く息を吐いた。そして、顔を上げて言った。
「……わかりました。俺、もっと目立ちます。そしてその力で、このチームを勝たせます。」
青柳は満足そうに頷き、笑った。
「それでいい。お前が目立ってるとこ見るの、結構気持ちいいからな。」
翔太はその言葉に思わず笑い、立ち上がった。夕陽が差し込む練習場で、彼の背中は少しだけ大きく見えた。
「よし、行きますよ。俺、もっともっと目立って、球界一の選手になります!」
青柳はその背中を見つめ、ぼそりと呟いた。
「ほんと、めんどくせえ奴だな……でも、それがお前だよな。」
翔太は再び自分の力と向き合い、そのすべてを活かして戦う覚悟を決めた。プロ野球の厳しい世界で生き残るために、そして誰よりも目立つ選手になるために。
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