第17話:課題

二軍生活が始まって一ヶ月、翔太は一つの課題を自分に課していた。それは、「野球以外の基礎から見直す」ことだった。


彼は自身の判断ミスや焦りが、技術だけでなく精神的な未熟さから来ていることに気づいていた。これまで、自分の持つ「注目されると強くなる」能力に頼りすぎていたと感じていたのだ。


(俺はもっと地道にやるべきだったんだ。派手なプレーも良いけど、それだけじゃプロじゃない。)


翔太は食生活の見直しを始め、炭水化物やタンパク質、ビタミンなど栄養バランスについて本を読んで勉強するようになった。また、筋力トレーニングも基本に立ち返り、正しいフォームを徹底的に学んだ。


   ◇


そんなある日の昼休み、翔太は食堂で一人、スマホで栄養学の動画を見ながら昼食を取っていた。目の前のトレイには、鶏むね肉、玄米、野菜が並び、これまでの自分なら避けていた「健康的なメニュー」が置かれている。


「それ、ちゃんとバランス考えて選んでるんですか?」


ふと聞こえた声に翔太が顔を上げると、女性が微笑んで立っていた。

彼女は球団職員で、栄養管理のアドバイザーとして二軍の選手たちをサポートしている高橋沙奈だった。


沙奈は短めの髪を軽くまとめ、清潔感のあるユニフォーム姿だった。その表情にはどこか親しみやすさがあり、初対面でも話しやすい雰囲気を醸し出していた。


「えっと、バランスは意識してますけど……まだよくわからなくて。」

「いい心がけですね。最近、急に真面目に食事を気にするようになったって聞いてたので気になっちゃいました。」


沙奈はそう言うと、隣の席に座り、トレイの中身を見ながらアドバイスを始めた。


「鶏むね肉は良いですね。でも、それだけだと脂質が少なすぎてエネルギー切れを起こすかも。少しオリーブオイルを足してみるといいですよ。」

「え、そうなんですか?」


翔太は驚いた顔をしたが、沙奈は優しく微笑んだ。

「体のパフォーマンスを最大限に引き出すには、ただ筋肉をつけるだけじゃダメなんです。適度な脂質や、疲労回復のための食材も必要なんですよ。」


翔太はその言葉に感心しながら頷いた。

(俺、こんな基本的なことも知らなかったんだな……。)


   ◇


それ以降、翔太は沙奈から食事やトレーニングに関するアドバイスを受けるようになった。沙奈も翔太の真剣さに気づき、何かと気にかけるようになっていた。


「天羽さんって、一軍ではお調子者キャラって言われてましたけど、本当は真面目なんですね。」

「いやいや、あれはキャラ作りですよ。本当は地味な努力家なんです。」


翔太は冗談めかして言ったが、沙奈はその裏に隠れた本心を見抜いたように微笑んだ。

「そういうところ、いいと思いますよ。自分をちゃんと変えようとしてる姿勢。」


翔太はその言葉に一瞬照れたが、すぐに笑ってごまかした。


   ◇


二軍での生活が一か月を過ぎたころ、翔太は筋力がついてきた実感を覚え、バッティングでも体の軸が安定してきたことを感じていた。また、食事とトレーニングを見直したことで、疲れにくくなり、練習量を増やすことができるようになっていた。


ある日の夕方、沙奈がグラウンドを訪れ、遠くから翔太の練習を見守っていた。彼がスイングするたびに響く打球音が以前よりも鋭く力強い。


「天羽さん、ちゃんと変わってきてるんだな。」


沙奈はそう呟きながら、彼の成長を見守り続けた。


翔太はその日、バッティングケージの中で黙々とスイングを繰り返しながら、心の中で決意を新たにしていた。

(もっと強くなる。俺はこの二軍で変わるんだ。そして、一軍に戻ってチームを勝たせる選手になる。)



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