第9話:兆し
5月下旬、札幌ウォーリアーズは苦しい戦いが続いていた。若手が育ちつつあるものの、経験不足からミスが重なり、チームはなかなか波に乗れないでいた。
翔太も、守備固めや代打で与えられる少ないチャンスの中で必死に結果を出そうと努めていたが、一軍の速さに完全には馴染めていなかった。
◇
その日、試合前のミーティングで、翔太は初めて監督から直接指名されて話を振られた。
「翔太、今日の試合では守備固めとして後半から出てもらうことになる。どうだ、自信はあるか?」
他の選手たちに注目された中、翔太は一瞬固まったが、すぐに大きな声で答えた。
「もちろんです! 必ず結果を出してみせます!」
監督の鷹司は薄く笑い、腕を組んで続けた。
「いい返事だ。ただし、プロは派手さよりも確実さだ。無理に目立とうとするなよ。」
翔太はその言葉に少しだけ胸を刺されたような気がしたが、平然を装った。
(派手さより確実さ……わかってる。でも、俺には派手なプレーも必要なんだ。)
◇
同日 仙台ブリーズドーム
仙台ウィンドクラウンズ 対 札幌ウォーリアーズ
試合は5回裏、2対1でウォーリアーズが1点リードしている場面。ランナーは3塁。翔太は代打でバッターボックスに立つことになった。
観客のざわめきが耳に入り、全身に緊張が走る。相手ピッチャーは外角低めの変化球で攻めてくる。翔太は初球を見送り、次の球を狙うと、打球は三塁線を抜けていった。
実況「天羽翔太! ナイスバッティングです! この選手は今乗りに乗っています!貴重な追加点です!」
だが後続が続かず、回が終わりベンチに戻ると、田中や他の選手が翔太を迎え入れてくれた。
「やったな、翔太! 次も頼むぞ!」
「いやいや、まだこれからっすよ!」
翔太は笑いながらそう答えたが、胸の中には初めて「一軍で通用した」という実感が芽生えていた。
その後、8回裏に守備固めとしてライトに入った翔太は、相手のクリーンナップから放たれた大きなフライを見事にキャッチし、追加点を防いだ。スタジアムから歓声が上がり、観客席の視線が一斉に翔太に注がれるのを感じた。
実況「天羽翔太! ファインプレー! 若い力がチームを支えています!」
翔太はボールをグラブに収めたまま、胸を大きく張った。
(よし、これでまた一歩前進だ。俺はここでやれる!)
◇
試合後、翔太はロッカールームの片隅で一人座り、今日のプレーを反芻していた。代打でタイムリーを打ち、守備でもファインプレーを見せた。それでも、どこか心の中に不安が残る。
(この調子で続けられるのか? それとも、たまたまうまくいっただけか……?)
隣に座った田中が声をかけてきた。
「お前、良い仕事してたじゃねえか。でも、プロはこれがスタートだぞ。」
翔太は少し笑いながら答えた。
「ありがとうございます。次も結果を残します!」
田中はその様子に満足したように頷き、立ち上がった。
◇
その夜、翔太はベッドに横になりながら窓の外を見上げた。5月の雨が窓を叩き、夜の街を静かに濡らしていた。
試合後、ホテルにて天羽は自分の評判を検索していた。
「天羽翔太、守備いいじゃん!」
「あのタイムリーも良かったけど、まだ一軍の主力には早いだろ。」
「将来のスター候補かな。次も頑張れ!」
翔太はスマホを眺めながら、小さな達成感を噛み締めた。
(もっと頑張れば、俺の名前がもっと広がる。そうなれば、妹も……。)
翔太の中で、次第に「もっと目立ちたい」という気持ちが膨らみ始めていた。
(プロ野球で生き残るのは簡単じゃない。でも、俺はここでやれるはずだ。目立つことで……結果を出すことで。)
そんな思いが、次の日からの試合で「全てがうまくいく」ことへと繋がる第一歩となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます