第11話:調子に乗っていた俺

6月の曇天。札幌ウォーリアーズは敵地、大阪サンダースとの三連戦の二戦目に挑んでいた。スタジアムには湿った空気が漂い、雨上がり特有の匂いが立ち込めていた。


翔太はいつものようにベンチから試合を見つめていた。心のどこかで「チャンスは必ず来る」と信じていたが、まさかそれがアクシデントの形で訪れるとは思わなかった。


   ◇


4回裏、ライトのレギュラー北村健二が前方のフライを追いかけた際に足を滑らせ、そのまま膝を押さえて倒れ込んだ。スタジアムがざわめき、トレーナーが駆け寄る。


「天羽、準備しろ!」


監督の鷹司が声をかけると、翔太は驚きながらもグラブを手に取った。


(来た……これが俺のチャンスだ!)


翔太は胸の高鳴りを抑えながら守備位置に向かった。湿った芝生が足元に張りつき、ひんやりとした空気が体を包み込む。


6回裏、大阪サンダースが1点リードの場面。ワンアウト三塁、打席にはリーグ屈指のバッター小林隼人が立っていた。小林がフルスイングした瞬間、打球は高く舞い上がり、ライトとセコンドの間、ファールゾーンギリギリへと飛んだ。


翔太は猛然とダッシュし、湿った芝生を蹴り上げながら必死に追いかけた。


(絶対に捕る……これでまた注目される!)


スライディングしながら、ギリギリでボールをキャッチした。スタジアムが少しどよめいた。


実況「天羽翔太! ファールゾーンで素晴らしいスライディングキャッチ!」


だが、三塁ランナーの吉村海斗はその瞬間にスタートを切っていた。翔太は慌てて立ち上がり、ホームへ直接返球を試みたが、焦ったせいでボールが高く逸れた。


実況「吉村、タッチアップ成功! サンダースが追加点を奪います!」


翔太はフェンス際に立ち尽くし、ボールがキャッチャーの頭上を超えるのを見送るしかなかった。


(俺……なんであんなに焦ったんだ? 落とせばよかったんじゃないか?)


観客席の歓声が遠く響く中、翔太の頭には後悔だけが残っていた。


   ◇


試合後、翔太はロッカールームの隅で一人グラブを見つめていた。自分のファインプレーが一瞬で相手の得点につながったことが頭から離れない。


そのとき、田中が近づいてきた。

「天羽、今日のプレーは派手で良かった。でも、あそこは落とすべきだったな。」


翔太は俯いたまま、小さく呟く。

「……すみません。」


田中は軽く肩を叩き、静かに続けた。

「まぁ、これがプロだ。次に活かせばいい。」


田中の言葉には温かさがあったが、それでも翔太の胸には自責の念が渦巻いていた。


(俺、調子に乗ってた……まだ一軍にいるべき選手じゃないのかもしれない。)


翌朝、翔太は早朝の練習場に立っていた。空は薄曇りで、湿気が残る空気が肌にまとわりついていた。

素振りを続けるうちに、昨日のタッチアップのシーンが何度も頭をよぎる。


(俺……もっと基礎を固めなきゃダメだ。守備も、打撃も、全部中途半端なままだ。)


気持ちを整理した翔太は練習を終えると、監督室へ向かった。扉をノックすると、鷹司監督が振り返る。


「天羽か。どうした?」


翔太は真剣な表情で頭を下げた。

「監督……僕を二軍に落としてください。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る