第7話:少ないチャンスを掴め
札幌ウォーリアーズのクラブハウスはいつも以上にざわついていた。前日、翔太が放ったプロ初打席でのホームランが話題を呼び、チームメイトたちから次々に声をかけられていた。
「翔太、お前マジで初打席から伝説作るとかすげーよ!」
「次はスタメンいけるかもな!」
翔太は照れ笑いを浮かべながら応じる。
「いやいや、あれはたまたまっすよ。でも、次も目立っちゃいますけどね!」
(いや、ここはもっと謙虚にしておけよ!)
翔太に対して嫉妬や嫌味が飛ぶことは、少なくとも本人を前にしてはなかった。それは、今のウォーリアーズが比較的若い選手が中心のチームであることが大きかった。数年前まで主力だった選手たちはほとんどがFAで他球団に移籍し、今のチームには新人や経験の浅い選手が多かったのだ。
主力を失い低迷を続けてきたチームの雰囲気は、他球団に比べると緩やかで、選手同士が競争というより「一緒に上を目指そう」という空気感でまとまっていた。それゆえ、翔太の派手な活躍もチームを盛り上げる要素として好意的に受け入れられていた。
しかし、その日はスタメンではなく守備固めとしての起用が決まっていた。監督の鷹司新星も、翔太に期待しつつ慎重に扱う方針のようだった。
◇
試合前、翔太はロッカーでグラブを調整していると、ベテランの田中亮太が隣に座り込んできた。
田中はウォーリアーズ一筋15年のホームランバッターで、かつては気性の荒さで知られていたが、年齢とともに丸くなり、今ではチームの頼れる兄貴分として慕われている存在だった。
「おい翔太、昨日はよくやったな。でもな、プロの世界じゃ昨日の結果なんてすぐ忘れられるぞ。」
翔太はその言葉に緊張しながらも頷いた。
「はい……守備固めでも、しっかり結果を出します。」
田中はニヤリと笑う。
「まぁそういうこった。プロ野球は目立った奴が勝つ……けど、それを支えるのは地味な努力だ。わかるか?」
翔太は少し考えてから答えた。
「地味な努力……ですか。」
田中はベンチを軽く叩きながら立ち上がる。
「お前の派手なプレー、俺は嫌いじゃねぇ。でも、それだけじゃダメだ。守備固めだろうと、チームに貢献するって気持ちでやれ。あとは……楽しめ!」
翔太はその言葉に力強く頷いた。
「はい! やってみます!」
◇
同日 埼玉ブルーホープスタジアム
試合は中盤まで接戦が続き、ウォーリアーズはわずか1点をリードしていた。
「天羽、8回からライトに入れ!」
監督から声がかかり、翔太はグラブを手にフィールドへ向かった。
(よし、少ないチャンスでもしっかり結果を出してやる!)
翔太は意気込んで守備位置についたが、内心ではプレッシャーを感じていた。守備固めという限られた役割でミスは許されない。そんな緊張感が、彼の胸を締め付けていた。
8回表、相手チームのクリーンアップが打席に立つ。2アウトランナー1塁。バッターが放った打球は高々と舞い上がり、ライトスタンドを目指す大きな当たりだった。
打球を見た瞬間、翔太は全力疾走を始めた。頭の中で走路を計算しながら、必死でボールを追いかける。フェンス際ギリギリの場所で、タイミングを計ってジャンプ!
グラブがボールを捉える感触が伝わった瞬間、スタンドから歓声が沸き起こった。
実況「天羽翔太! 見事なキャッチ! チームを救うファインプレーです!」
翔太は地面に足をつけると、グラブを掲げてアピール。ベンチからも拍手が送られる中、彼は胸の中でホッと息をついた。
(よかった……絶対捕れないかと思ったけど、なんとかやった!)
しかしその後登板した中継ぎが打たれ。打順も回らず試合は7-3で埼玉グリズリーズに負けた。
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