First Contact 14 第一部 fin



「で、どうしておまえ荷物を持ってるんだ?つまり今日は相談に来たのか?相談というか今後の、――」

「ああ、それなんですけど。僕、今日からここにお世話になることになったので」

「…――――」

あ、御茶あります?といいながら席を立つ神尾をおもわず滝岡が見送る。

 システムキッチンの棚を探しながら勝手にカップを出したりなどしている神尾を思わず眺めて。

「…おいっ!一体どうしてそんなことになるんだっ、…!」

愕然としていう滝岡に背を向けたまま急須をみつけてうれしそうに神尾が棚から取り出して。

「あ、ありました、御茶。飲みます?」

「…おい、何勝手にやってるんだ、おまえ、…!」

振り向いてにっこり微笑む神尾に滝岡が眉間にしわを寄せて唸る。それに対して急須と御茶っ葉を手にして。

「僕、こちらに勤めるの一年限定でしょう?」

「ああ、…それが?」

難しい顔でいう滝岡を放っておいて。

「あった、ケトル。料理とかするんですか?食事は外食?滝岡先生」

「…それが一体、――おいっ!聞いてるか?」

「えーと、水道水は飲めるかな、…あ、浄水器入ってるんですね。なら大丈夫かな」

いいながらケトルに水を入れて勝手に湯を沸かし始める神尾に。

「…おい、まて!だから、…こら、神尾っ、…!」

茶葉を計って急須に入れて、これも勝手に見つけ出したカップに受け皿を用意している神尾の背に。

「おい、だから、おまえ、何してるんだよっ」

思わず立ち上がって怒る滝岡に背を向けて茶を淹れる準備をしながら。

「事務長さんから聞いてません?僕、一年限定でしょう?それで、住む所をどうしようかといったら事務長さんが」

「事務長が?」

 良い御茶だなあ、とのんびり神尾が茶葉の匂いをかいだりしながら、滝岡を振り向く。

「もうすこしで入りますから」

「…いいから、先に説明しろ」

「そうですか?ほらほら、座ってください。もう入りますから」

「…―人のいうこと聞いてるか、おまえ?」

慣れた手つきで急須に湯を注ぐとこれも勝手にみつけたお盆に急須とカップを置いて。

「住むところはどうしましょうって事務長さんにきいたら、この病院には寮があると教えてくれたんですが」

「…そうだな」

にらむ滝岡に構わずテーブルにカップを置いて。

 腕時計をみて茶葉を蒸らす時間を計り神尾が座っていう。

「…――おまえな?」

「はい、ほら、入りましたよ。どうぞ」

慣れた手つきで優雅に御茶を淹れしずかに茶卓ごと滝岡の前に置く。

「…――」

思わず手にとって。

「…――良い香りだな」

「御茶の葉がいいですからね。どうぞ、さめない内に」

「どうもって、いってる場合か!こら、飲むな!」

綺麗に手を添えて作法通りに御茶を呑んで、馥郁とした良い香りを楽しんでいる神尾に肩を落とす。

「おまえな、…人のいうことを少しはきけよ、…」

「御茶、飲まないと勿体ないですよ?」

「…―――」

無言でにらんでから茶を手許に。

「…――うまいな、いれるの」

茶を一口飲んで滝岡が瞬く。

「美味しい御茶は心も身体もほっとしますからね」

「確かに、…そういうことをいってる場合じゃないだろう!寮の話を事務長からきいて、何でおれの処に世話になることになるんだ…!」

「御茶淹れますよ?それに、食事も何でしたら作ります」

「…っ、いや、…そういう話をしてるんじゃないっ、…!どうしてだから、おれの部屋に」

「事務長にこちらは空いていると」

「…―――」

御茶をゆったり飲みながらいう神尾に滝岡が動きを止める。

 香りを楽しんで、舌に身体に染み入る余韻を楽しみながら神尾があっさりと。

「残念ながら寮は一杯だけれども、滝岡先生の処なら空いているから一年そちらにお世話になるといいといわれまして」

「……―――」

滝岡が完全に沈黙して固まっている。

「確かに広いですよね。買われたんですか?御一人だと広すぎるだろうから、僕が一年住むには丁度良いだろうと」

「…事務長、…――」

がっくり、と肩を落としている滝岡に構わずのんびりと神尾が御茶を呑む。






 はっ、と気がついたときには神尾の姿が前になくて滝岡が周囲を見渡すと。

「こっちですか?寝室」

「お、おいまてっ、…!」

きちんと整頓された、というか生活感の無い綺麗な部屋に勝手に入っていって周囲を見渡している神尾に怒る。

「ちょっとまてっ!勝手に入るな!」

「綺麗にしてますね。物があんまりないというか、…もしかして、引っ越してきた処なんですか?」

「…―――」

沈黙する滝岡に構わず神尾が鞄を寝台に置いて背にしていたクローゼットの方を振り向く。

「おいっ!勝手に開けるな!」

「こちら空いてますね。僕の服、置かせてもらいますね?」

「ますねって、きいてないだろ、おまえ…!おい、だから勝手に」

鞄から幾つか服を取り出して、これも鞄から出した折り畳みハンガーを広げて掛け始める神尾に瞬く。

「お、おまえな?」

「大丈夫、僕、服はあまりもってないんです。着替えに下着位ですから。あと洗濯もちゃんとしますから」

にっこり、滝岡をみていうと服を片付ける続きに入る神尾に。

「…――おまえ、な?」

「そうですね、後、今日のお昼どうしましょうね?買い物にいきます?」

冷蔵庫に何かありますか?ときく神尾に、顔を寄せて唸る。

「…おまえな?本当にここに住むつもりかよ?」

「いけませんか?男同士ですし特に問題はないでしょう」

「…あるよ!大体いきなり、…くそっ、事務長も何を、…―大体!おまえ、今夜どこに寝るんだ!寝るとこないだろう!」

怒る滝岡にあっさりと神尾がいう。

「そこで」

「…そこ?」

神尾が指す背後に、滝岡が振り返る。

「…―――どこで?」

「そこです」

真面目にいう神尾に滝岡が一つしかないベッドをみて沈黙する。

 それに簡単に背を向けて。

「この引き出しも使わせてもらいますね?」

「…―――ちょっとまてっ!ここって、ベッド一つしかないだろ?」

「充分広いじゃないですか。二人寝ても大丈夫ですよ」

片付けながらあっさりという神尾に滝岡が固まる。

「…おまえ、いま何ていった?」

「よし、片付いた。ありがとうございます」

「何が、ありがとうって、…――神尾っ!」

「はい?」

振り向いた神尾が不思議そうにみるのに。

「おまえな?」

「はい、なんでしょう?」

「何も疑問に思ってないのか?」

「何をです?」

「…――つまり、」

つまる滝岡に神尾が鞄をベッドに置いて、ぽん、と座る。

「おいっ、…!」

「クッション良いですね。うん、これなら大丈夫」

「何がだよっ、…!」

怒る滝岡を神尾が見上げる。

「いいじゃないですか。一年なのにベッド買うのも無駄でしょう?」

「是非買ってくれ…いや、その前に本当にここに住む気か?だからっ!」

睨む滝岡を見あげて。

「だめですか?」

「――事務長に連絡する。寮を開けてもらうからっ」

「いいですけど、…」

神尾に背を向けて携帯を取り出して事務長に連絡する滝岡。

 鞄の中身を整理して蓋をしめて。

 お昼、どうしようかなあ、…。

と、のんびり考えはじめていた神尾を滝岡が振り返る。

「…―――」

にらむ滝岡にくつろいで見返す。

「どうなりました?」

「…―――おまえな?」

その両脇に手をついて睨んで顔を寄せる滝岡に。

 ぽん、と肩を叩いて。

「まあ、いいじゃないですか。男同士なんですから問題ないでしょう」

「…――あるよ!おれの私生活はどうしてくれるんだ、…!」

「私生活、あったんですか?」

「…っ、―――」

神尾の返しに思わずつまって固まる滝岡。

 やっぱり、面白い人だなあ、…。

感心してみながら、神尾があっさりという。

「病院で生活してるようなものだから、このマンションを買ったのに直後に婚約者に逃げられたと聞きましたよ?私生活、しばらく考えなくても大丈夫じゃないですか」

軽く笑んで立ち上がる神尾に思わず退いて通してから。

「…ちょっとまてっ!知ってるのか!神尾!…おまえな?」

すたすたとドアを出てリビングに戻る神尾を追い掛けて。

「…―っ!」

不意にくるり、と振り向いてきた神尾に驚いて立ち止まる。

 至近距離で淡々と見返した神尾が。

「マンション、婚約者に黙って先に買っちゃいけませんよ。それは逃げられます」

しみじみとみていう神尾に滝岡が詰まる。

「だっ、…だからっ、…!結婚が決まったんだから、ここは病院に近いから、…――何で駄目なんだよっ?」

背を向けて冷蔵庫に屈み込んで中身を確かめて。

 溜息を吐いて、神尾が眇めた視線で滝岡を振り仰ぐ。

「な、なんだよ?」

「……―逃げられますよ、それじゃ」

 …事務長が心配して僕に此処に住むことを勧める訳ですね、と。ついしみじみとして多少疲れながら溜息をついて神尾がみるのに。

 滝岡がつまって見返す。

「…で、どうするんだ?」

「とりあえず食事にしましょう。お昼何が食べたいですか?」

「…作るのか?」

「冷蔵庫に何もないですからね。いまから買いにいかないと。どうせなら歩きながら話しませんか?」

「…めしが作れるのか」

「内科医より外科医の方が器用だと思うんですが」

「それは関係ないだろう」

「そうですか?」

「…ないだろ」

「そうですか?処で、スーパーとか知ってます?」

「多分、…あっちにある」

「あっち、ですか?」

驚いてみている神尾に滝岡が困った顔でいう。

「病院と殆ど往復だけの生活だからな、…くそっ、確かに私生活はないよ」

くやしそうににらむ滝岡に思わず笑う。

「おい?」

横目に睨んでくるから、つい笑みを零して。

「いえ、…では、ちゃんと食べられるもの作りますから、スーパー探してみましょう。それで食べながら相談しましょう」

「勝手に決めるな。…めし、何が作れるんだ?」

「そうですねえ、…エスニックもいけますよ?普通の和食も作れます。何が食べたいんですか?」

「―――何で、めしなんて作れるんだ」

疑問を顔に描いて真面目にきく滝岡に笑う。

「ほら、行きましょう。そうですね、…だって、赴任先が流行地とかだと結局自炊になりますからね。東南アジアやインド、アフリカ、…―結構、何でも食べられるようになりますよ?」

「…何でもというのは、ちょっと」

顔を引きつらせながら外に出る神尾についてくる滝岡に。

「わかりました。ちゃんとしたもの作りますから。お昼なにが良いですか?」

一緒に出てドアに鍵を掛けながら滝岡が考える。

「そうだな、…別に洋食とかでもいいのか?」

「何か食べたいものが?」

「…――オムライス」

ぼそり、という滝岡に神尾が驚いた顔をして。

「…何だよ?無理ならいい、だから、…――」

「オムライス、ですか?」

「だから、いいって、――」

先に立って早足で歩き出す滝岡に神尾が笑いながら追い付く。

「作りますよ?オムライスでいいんですか?」

顔を覗き込む神尾に。

「…だから、――作れるのか?」

瞬いて、ついきいてしまう滝岡に笑顔で頷く。

「はい、勿論。じゃ、オムライスの材料買いにいきましょうか」

「――おい、だから別におまえが住むことを認めた訳じゃ、神尾?」

にっこり笑んでいう神尾に難しい顔になって滝岡が抗議して。

 それを綺麗に無視して神尾が笑顔でいう。

「さ、行きましょう。オムライス、中はチキンライスにして、マッシュルームは食べられます?」

「…食えるが、おい」

「セロリは大丈夫ですか?それに」

「全部食えるが、…おまえな?神尾!」

「そうですか、じゃあ、…付け合わせはなにがいいかな」

いいながら勝手に話を進めている神尾に何とか滝岡が抗議してはいるけれど。

 ほぼ完全に神尾のペースにはまってしまっている滝岡。

「ほら、美味しそうな玉子ですよ?セロリにブロッコリーと、…」

「あのな?おまえな?勝手に全部進めてるだろう?あのな?」

スーパーに着いて滝岡が抗議するのに殆ど構わずに神尾が買い物をすすめて。

 そうして、帰り道。

「美味しいの作りますから」

「ちゃんと作れよ!まったく、…くそっ!」

「良い天気ですねえ、――」

買い物袋を手に、神尾が伸びをして。

「おまえな?」

滝岡が怒りながら隣を歩いて。

 そうして、どうやら済し崩しに。

 滝岡と神尾、二人の共同生活が始まる事になるようだった。

 かくして、二人のファースト・コンタクト。

 第一次接近遭遇は、――。


 これから、どこへ向かうかは。

 謎の旅路が始まったようである。

 なべて世は、こともなし、―――――?



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