第8話 インペリアルトパーズの男、シェラザード・カステル
◆
そして、彼らの去った後の第二船団。
天の竜(おためごかし)、
天の竜(対立煽り)。
彼らは幽閉されていたが、美しい外見と、美しい声を取り戻していた。そして見張りの女性に優しく、きょとんとして囁いた。
「君も休憩したいだろう。」「さっきあっちの部屋の見張りの女性が、男と出ていくのを見たよ。あれは何だろうね?」
彼らの分厚く精巧なメッキはもはや、本物のそれを超えているのだ。瞳は優しげに心を震わせ、声は訝しげに心を震わせる。目を合わせ耳を貸したらもう術中に落ちてしまう。
見張りの女性は、かっとなってあっという間に持ち場を離れてしまった。
天の竜はハイタッチなんかしない。あらあらどうしたのだろうという姿勢を、少しも崩さなかった。
そして、あっという間にすれ違う何人かを籠絡して縄をほどき、船団の中を大手を振って歩いた。
歩くたびに彼らは輝きを増し、歩く道がキラキラと輝き、身なりがするすると整っていった。
◇
そうして、
第二船団の責任者へたどり着いた。
金髪の屈強な美女だ。彼女を挟み、両方の耳から囁いた。
「シリウスは、我が物顔だったね。」
「ここは君たちの船なのに。」
「美しい船だ。」
「僕たちはここを守りたいんだよ。」
「またやってくるかもしれない。」
「少し鼻っ柱を叩いたほうがいいんじゃないかな?」
「他の女じゃない。君に協力したい。」
「カーアイ島。丘の邸宅。シリウスのお膝元だ。」
「ご挨拶するだけさ。ほんの少し。ね?」
眼を見て声を聞いたら、もう駄目なのだ。
ゴースト化で飛ばされる内側の【名の扉】を含む白い結晶であり靄のようなものを、
ふっと捧げてしまうのである。
よりによって寝不足のときは尚更だった。
彼らに身を任せれば楽になれる。
私は、選ばれたのだ!!
内側から歓びが立ち上がる。目を閉じてぐらりと眠るように倒れた。
シリウスやシオンの【恩寵】にも似ていたが、そこに金の輝きはない。
全ては呪いとメッキ。美しくいかれた天秤があった。相手によって、くるりくるりと重さが変わる天秤だ。そんなのはもはや、天秤ではないのだが、
彼らにとっては、金を集めるのが最上の歓びである。何より、選ばれし者に罪悪感は無縁だった。
◇
スラリとした輝く長剣が一本ずつ。
ズドンズドンと胸を二突きされ、
床板に、彼女は突き刺さった。血の海が広がる。
そして彼女の血を代償にして、
この飛行船団そのものが、強大な赤い龍に変わってゆく。
轟轟と燃えるそれは、ものすごいスピードでまっすぐとカーアイ島へと向かっていったのだった。
◇
レンたちは、丘の邸宅へ向かった。サンバトラー三兄弟にでも会おうかと考えたのだ。
おや?
あれは?
新しいバルコニーには、
一人の紳士が立っていた。
髪は黄金。
瞳はインペリアルトパーズ。
その風貌は、ミルダにそっくりだった。
そして、振り返ると、
ゴゴゴゴーーーー!!!!
炎のような禍々しい燃える船が、今まさにカーアイ島へ落ちようとしていた!!
「「う、う、うわああああーーーー!!!」」
レンたちはひっくり返った。
四人で抱き合った。動けなかった。
エルザだけは彼らを守ろうと、青い蝶を出し、砂に変え素早く彼らを消した。
丘だから、砂では隠れないのだけど、
何もしないよりはマシだと思った。
しかし、バルコニーから声がした。
古代語のテレパスだった。
「(我が名は、シェラザード・カステル!!)」
「(子どもたちよ、案ずるな。)」
「(シリウス不在。
シオン不在。)」
「(ならば、私が立ち上がる!!)」
誰だ?!
聞いたことがある気がする、この声。
バルコニー!
あっ、あっ、あああーーー!!!
そう、彼は鳶色の眼光のたぬきおやじ、
ミルダ父だ!!
彼は、皇国軍でも指折りの名家の出自なのだ。
巨大なそれを、今放とうとしていた。
呪いでも呪詛でもない、それを!!
島の総意を載せた、黄金の旋風!!
くらえ!!
彼が両手を天に突き上げると、
ぶおおおーーーー!!!と、
黄金の鳶とともに、
竜巻のような黄金の札束の旋風が巻き起こった。
それは、ホンモノの札束と、ホンモノの金だった。
すると、
燃える巨大な赤い竜となった第二船団から、
札束を追いかけて、
天の竜(お為ごかし+対立煽り)だけが、
両手を広げて、
すぼーん!!と、
くりぬかれて飛び出してきた。
インペリアルトパーズの瞳は、
彼らを、まじまじと見つめた。
おやまあ。
何と。
わかる、
わかるよ。
首をナナメに振った。
だが、再び彼らを見据えた。
海の女神よ!!
彼らを救い給え!!
彼は、
彼らのために、
真心を込めて手を組み、祈りを捧げた。
すると、
カーアイ島の濃紫と橙の交じる空、
その下の水平線に、
大きな大きなくじらの尾びれが、ちらりと見えた。
そこには、金色の鳶の文様が浮かび上がった。
そして、
ざっぱあーーーーーん!!!と跳ね上がり、
巨大なくじらが姿を表した。
星座の物語でも語られる、ばけくじらだった。
そして、
天の竜(人さらいと対立煽り)を、
ぱっくん!!と、
空中で飲み込んだ。
そしてそのまま、
どっぱーーーーーん!!!と、
海に潜り、
尾びれをふりふりっとさせて、
ぶくぶくぶくと、
深く深く、
小さく小さく、
消えていった。
ぷくり、
ぷく、
ぷ、
。
海岸線には、
ホースでシャワーを撒いたような、
大量の水しぶきが散り、
ぱあっと、虹が浮かんだ。
化け鯨の名前は、ミラ。
海のドラゴンだ。
彼女は、シェラザード・カステルの契約竜だった。
レンたちはあっけにとられた。
音を聞きつけて、丘の邸宅だって、
あっけにとられた。
ぽつぽつといた、市場や散歩の人々や釣り人だってあっけにとられた。
森の神殿は、ただドオドオという音だけ聞いた。
森の木々でよく見えなかったからだ。
そしてみーーんな思った。
…誰?
なぜなら、
妻とシリウス以外に、
彼の真の姿を知るものは、居なかったからだ…。
◇
それはいくつになっても主演を張りたい、
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