第8話 インペリアルトパーズの男、シェラザード・カステル


そして、彼らの去った後の第二船団。


天の竜(おためごかし)、

天の竜(対立煽り)。

彼らは幽閉されていたが、美しい外見と、美しい声を取り戻していた。そして見張りの女性に優しく、きょとんとして囁いた。

「君も休憩したいだろう。」「さっきあっちの部屋の見張りの女性が、男と出ていくのを見たよ。あれは何だろうね?」

彼らの分厚く精巧なメッキはもはや、本物のそれを超えているのだ。瞳は優しげに心を震わせ、声は訝しげに心を震わせる。目を合わせ耳を貸したらもう術中に落ちてしまう。

見張りの女性は、かっとなってあっという間に持ち場を離れてしまった。

天の竜はハイタッチなんかしない。あらあらどうしたのだろうという姿勢を、少しも崩さなかった。

そして、あっという間にすれ違う何人かを籠絡して縄をほどき、船団の中を大手を振って歩いた。

歩くたびに彼らは輝きを増し、歩く道がキラキラと輝き、身なりがするすると整っていった。



そうして、

第二船団の責任者へたどり着いた。

金髪の屈強な美女だ。彼女を挟み、両方の耳から囁いた。

「シリウスは、我が物顔だったね。」

「ここは君たちの船なのに。」

「美しい船だ。」

「僕たちはここを守りたいんだよ。」

「またやってくるかもしれない。」

「少し鼻っ柱を叩いたほうがいいんじゃないかな?」

「他の女じゃない。君に協力したい。」

「カーアイ島。丘の邸宅。シリウスのお膝元だ。」

「ご挨拶するだけさ。ほんの少し。ね?」


眼を見て声を聞いたら、もう駄目なのだ。

ゴースト化で飛ばされる内側の【名の扉】を含む白い結晶であり靄のようなものを、

ふっと捧げてしまうのである。

よりによって寝不足のときは尚更だった。

彼らに身を任せれば楽になれる。

私は、選ばれたのだ!!


内側から歓びが立ち上がる。目を閉じてぐらりと眠るように倒れた。

シリウスやシオンの【恩寵】にも似ていたが、そこに金の輝きはない。

全ては呪いとメッキ。美しくいかれた天秤があった。相手によって、くるりくるりと重さが変わる天秤だ。そんなのはもはや、天秤ではないのだが、

彼らにとっては、金を集めるのが最上の歓びである。何より、選ばれし者に罪悪感は無縁だった。



スラリとした輝く長剣が一本ずつ。


ズドンズドンと胸を二突きされ、

床板に、彼女は突き刺さった。血の海が広がる。

そして彼女の血を代償にして、

この飛行船団そのものが、強大な赤い龍に変わってゆく。

轟轟と燃えるそれは、ものすごいスピードでまっすぐとカーアイ島へと向かっていったのだった。



レンたちは、丘の邸宅へ向かった。サンバトラー三兄弟にでも会おうかと考えたのだ。

おや?

あれは?


新しいバルコニーには、

一人の紳士が立っていた。


髪は黄金。

瞳はインペリアルトパーズ。

その風貌は、ミルダにそっくりだった。


そして、振り返ると、



ゴゴゴゴーーーー!!!!



炎のような禍々しい燃える船が、今まさにカーアイ島へ落ちようとしていた!!



「「う、う、うわああああーーーー!!!」」




レンたちはひっくり返った。

四人で抱き合った。動けなかった。

エルザだけは彼らを守ろうと、青い蝶を出し、砂に変え素早く彼らを消した。

丘だから、砂では隠れないのだけど、

何もしないよりはマシだと思った。



しかし、バルコニーから声がした。

古代語のテレパスだった。



「(我が名は、シェラザード・カステル!!)」


「(子どもたちよ、案ずるな。)」



「(シリウス不在。

シオン不在。)」


「(ならば、私が立ち上がる!!)」


誰だ?!

聞いたことがある気がする、この声。

バルコニー!

あっ、あっ、あああーーー!!!



そう、彼は鳶色の眼光のたぬきおやじ、


ミルダ父だ!!


彼は、皇国軍でも指折りの名家の出自なのだ。

巨大なそれを、今放とうとしていた。

呪いでも呪詛でもない、それを!!



島の総意を載せた、黄金の旋風!!




くらえ!!

札束おきもちビンターーー!!



彼が両手を天に突き上げると、


ぶおおおーーーー!!!と、



黄金の鳶とともに、

竜巻のような黄金の札束の旋風が巻き起こった。

それは、ホンモノの札束と、ホンモノの金だった。



すると、

燃える巨大な赤い竜となった第二船団から、


札束を追いかけて、

天の竜(お為ごかし+対立煽り)だけが、



両手を広げて、

すぼーん!!と、

くりぬかれて飛び出してきた。






インペリアルトパーズの瞳は、

彼らを、まじまじと見つめた。




おやまあ。

何と。


わかる、

わかるよ。




首をナナメに振った。

だが、再び彼らを見据えた。




海の女神よ!!

彼らを救い給え!!



彼は、

彼らのために、



真心を込めて手を組み、祈りを捧げた。




すると、

カーアイ島の濃紫と橙の交じる空、

その下の水平線に、


大きな大きなくじらの尾びれが、ちらりと見えた。

そこには、金色の鳶の文様が浮かび上がった。




そして、




ざっぱあーーーーーん!!!と跳ね上がり、

巨大なくじらが姿を表した。

星座の物語でも語られる、ばけくじらだった。



そして、

天の竜(人さらいと対立煽り)を、


ぱっくん!!と、

空中で飲み込んだ。




そしてそのまま、


どっぱーーーーーん!!!と、

海に潜り、

尾びれをふりふりっとさせて、


ぶくぶくぶくと、

深く深く、

小さく小さく、

消えていった。




ぷくり、

ぷく、

ぷ、






海岸線には、

ホースでシャワーを撒いたような、

大量の水しぶきが散り、

ぱあっと、虹が浮かんだ。



化け鯨の名前は、ミラ。

海のドラゴンだ。

彼女は、シェラザード・カステルの契約竜だった。



レンたちはあっけにとられた。

音を聞きつけて、丘の邸宅だって、

あっけにとられた。

ぽつぽつといた、市場や散歩の人々や釣り人だってあっけにとられた。

森の神殿は、ただドオドオという音だけ聞いた。

森の木々でよく見えなかったからだ。



そしてみーーんな思った。




…誰?



なぜなら、

妻とシリウス以外に、

彼の真の姿を知るものは、居なかったからだ…。




それはいくつになっても主演を張りたい、

義父シリウスのための義理の息子かれの優しさだった。

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