そして大陸へ〜狙われた宝玉眼〜

第1話 巫女に産まれた白竜

大小百の島からなる、火山列島。

その二番目に大きい島、カーアイ島。


早朝。


水平線の上は、

去りゆく夜の濃紫と、

新しい朝日の橙色が混じり合い、

薄い層となって、広がってゆくようだった。

オリオリポンポスの山の稜線は、

薄くだがくっきりとその上へと捺されていた。


竜医師のシオンは、

海岸線を歩き、岩礁を飛び越え、

少し高いところにある、

入江の洞窟へ赴いた。

そこであんこクリームパンを食べ、

豆茶を飲んでいた。

一人になりたいときは、

いつもここだった。


この頃は、規則正しく暮らしていた。

外来の患者がやってくる前。

それは、

竜医院の仲間たちと、

落ち着いて打ち合わせができる、

貴重な時間だった。


昨日はミルダは夜勤でそのまま、

実家でもある、竜医院の邸宅で寝泊まりしていた。

朝食に来ないかと誘われていたが、

礼を伝えてから辞退した。気楽なここが良かった。



一方、

町外れにある森の工房、

南十字星サザンクロス


ここは今や竜鎧屋ではなく、

住み込みの食堂兼、併設するゲストルームの受付となっていた。

店主のシオンは、

オーナーの名義こそ残しているが、

すでに、森の皇国神殿の地下へと住まいを移していた。


今は看板娘のポーラと、

彼の元相棒で親友のアトラスが住んでいた。


ポーラは、

先日のオリオリポンポス山の、

トレッキングのときに、

魔法封緘シーリングを使えるようになっていた。友人エルザとの連盟の魔法封緘。

エルザは青い蝶。

ポーラは白竜だった。


年齢設定グミの効果は、

切れてしまったけど、

もう一回食べておくことにした。

上限はやっぱり、十四歳のままだった。


「そっかあ。」

二十四歳になるかと思ったが、

アトラスやシオンのような変容メタモルフォーゼ組と、

四身合体のポーラとでは、

ルールが違うのだろう。


ポーラは、への字口をして、

目をつむりやや上へ首をかしげた。

まるで、シマシマエナガンのような顔をした。


むむ。

カジノに行きたかったな。


残念!

カジノ併設の赤い飛行船団、

女だらけの皇国軍第二船団は、

まだ二、三日はここカーアイ島の上空へ、

係留されるとのことだった。

まあ、カジノ目当てだけではなくても、

会いに行ってもいいかもしれない。

金髪の美人。がはがは笑う、

屈強で面白い人たちだった。

ミステリアスな美人も居た。

遊びに行くのも、アリかもしれない。

なんなら、こちらへお招きしてもいいかな?

と思った。

趣味の交換トレードが出来るかもしれなかった。


そして。

今のポーラは、

身体を水着のように覆っていた、

白い鱗が、きれいさっぱりなくなっていた。

つるつるだった。


やったー。

これで、かわいい水着も着られる♪

白い鱗ボディも便利だったが、

海で泳げると思うと、心が踊った。

そうそう。

エル姉は、服を脱がないけど、

サーフィンがすごくうまいんだって。


皇国フェスのあと、

本当は大陸に戻らなきゃいけなかったんだけど、

経緯あれやこれやもあったし、

島暮らしは延長して、

大陸に戻る時期を遅らせていた。

だから、

いつ帰ってしまうかもわからない。

今のうちに教えてもらいたかった。


よしっ。

魔法封緘は、白竜と北極星。

まだ朝早いから、

送信予約をしよう。

封緘を持って時計のポーズ。

朝の鐘に合わせて、L字のポーズをした。

それから、

いけっ。

窓を開けて、

ふうっと封書に息を吹く。

封書はミニサイズの白竜に変わり、

窓辺でうつらうつら、と眠った。


竜寝床は、

リフォームで、

ただの寝床になっていた。

アトラスは、

まだぐうぐうと眠っていた。

彼もまた、

もう一度グミを食べておいたので、

上限いっぱいの、二十四歳。

そして、

もうすぐ小学校が再開する。

そしたらまた八歳のちび竜の暮らしだ。


ふふ。

貴重な姿。

アトラスのぽかぽかふとんに潜った。

あったかーい。

今日の二人の予定は、

何もなかった。


ゲストルームには、

葡萄と杏が居るが、

おばあさんメイドという名の、

老巫女さんたちが居るし、

彼らの食事の支度は、

気にしなくていいとのことだった。

葡萄さんの丸坊主あたまを思い出すと、

ぷぷっと笑ってしまった。

アトラスのほっぺたは、

じょりじょりと髭が生えて、

こちらも、

あたまを丸坊主に剃ってしまったので、

じょりじょりした。

つるつるの、

シオンとぜんぜん違った。


シオンは、

ポーラが白竜シオルと呼ばれる、

シマシマエナガン、

つまり鳥のときだって

撫でるくらいで、

ベタベタと触ったはしないタイプだった。

そもそも一緒の布団で寝たことがない。

居間は主に食事。

かまどにくるとき。

それだけ。

それ以外は、

書斎に引きこもるか、

工房で仕事の人だった。


ポーラはかまどに火をつけるのが好きだ。

アトラスは、

お茶をシバいて、

一緒にシアターを見てくれる。

ミル姉や、

ナースさん、

シッターさんが来たときもそうだった。


シオンが嫌いなわけじゃないけど、

ポーラは、

アトラスや、みんなとの暮らしのほうが好きだった。


ミル姉とシオンは、

仲良く暮らせてるのかな。

多分、大丈夫だろうな、

と思った。


ミルダだって、

竜医院の私室に居るか、

仕事で飛び回るかの人に見えた。

ミルダの実家の私室にも入ったことがあるけど、

ほぼクローゼットだった。

ベッドはもう何年も使われてなさそうだった。


ミル姉は器用だけど、

朝のかまどに火を入れる絵が浮かばない。

シオンも、そんなこと求めてないだろう。

サンドイッチを齧り、

呪い紙で温めた豆茶を啜り、

皇国新聞を読みながら、

仕事の話をする、二人の絵が浮かんだ。




はるか昔。

皇国神殿に住んでいた頃。

みんなでわいわいと、

大広間でご飯を食べた気がする。


でも、

暖かかったかな?

石造りで、

シーンとして、

寂しかった気がする。

中には、それが心地よい子も居ただろう。

白竜に生まれた、

ランダムおきもちで、

巫女に選ばれたというだけで、

同じような生活を強いられる。


ポーラには、たまらなかった。

採集だって、

ちっとも落ち着いてできなかった。

お宝はあっというまに、

先生という名の係員に召し上げられてしまうのが常だった。

頭にきたので、

おもちゃや勉強道具に忍ばせる、

すると今度は、

仲間に盗まれたりした。

プライバシーというものがまるでなかった。

本を読み、手芸に勤しむのがましだと思った。

勉強と技術は、

誰にも取られないからである。

そんなわけで、

今も知識は膨大にあった。

人型で十四歳、

かまども持ってる。

お料理が、とても楽しかった。

一眠りしたら、朝ごはんを作ろうっと。



私は今、とっても幸せ。

目を瞑った。


白竜たち。

きっと今はもう大人になってる。

そして、

次のちび白竜たちが、

きっとまだどこかに幽閉されているんだろう。





みんなを助けてあげたい。





南十字星の、

呼び鈴というか応援のシンボル、

白銀の白竜の置き物。





そのポーラレアスターの瞳は問いかける。


あなたは、どうしたいの?





応援するね!

シャリン!



うん。

よろしくね。


ポーラはひとりごちた。


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