第2話 コウノトリの中で
あれから私は、数多ある火星港の中に、申し訳ない程度切り分けられたARMA専用ブロックで目的地までの小型兵員輸送船に乗り換えた。
乗員は30名ほど恐らく私の他にも何人か、同じ新兵がいるはずだ。
隣に座っている金髪の男も恐らくそうだろう。髪以外の服の色は一緒だ。対霧独立防衛空戦隊ARMAの制服を着ている。
「おい、黒髪」
ぼさっとした金髪に、くすんだ青い目。ズボンの下から飛び出したシャツに着崩した上着。昔の輸送機のように向かい合って並ぶほど狭い船内で足を延ばして座っている。同じARMAに配属される人間とは信じたくないレベルだ。
「おまえだよ。隣座ってるおまえ。他に黒髪なんていないだろ、自覚してくれってんだ」
……はぁ。
「なんだ金髪。人を髪の色で呼ぶな。こっちには佐々木隼って名前がちゃんとある」
「……てめぇだって髪の色で呼んでんじゃねえか。そういうのそっちじゃ、自分のことを棚にあげるっていうんじゃねぇのかよ……」
「さて、どうだかね……それで、何の用だ?」
「いや、暇だったから自己紹介でもしとこうとおもってな。お前も、ARMAに配属される新兵だろ?」
暇人か……面倒だな。
「
そういって、また、手に持っていた件の仕様書に目を通そうとすると……
「おい、待てって。俺の紹介がまだだろ、な?」
「……さっさとしろ」
「俺はキース・マルセイユ、お前と同期だから年も階級も一緒だ。よろしくな」
「……ああ、こりゃどうもご丁寧に。よろしく」
これで静かに……
「なあ、シュンそんな本の中身もう覚えちまってるだろ?つきあってくれよぉ」
「……はあ、たしかにこの『AA08 グリフォン』の仕様書にかいてあることは全て暗記した。しかし、何度読んでも面白いということには変わりない。それに、金髪と気安く話しかけられるような間柄になった覚えもない」
「きついこと言うなって、確かにそいつは面白れぇ機体だけどよ、そんなに何度も読んでたら普通に飽きるだろうが」
……
「たしかに」
「だろ?」
「武装はモジュール式で任務によって簡単に換装可能かつ汎用性、生産性共に優秀。且つエンジンは新型のNIHI製零式軸流エンジン、単発で双発旧世代機と同等の推力を保有しつつそれを二基搭載。30mを超える大型機を刹那の時間で加速させるに十分な推力を確保しつつ、スラスターの出力、数にも余念がない。中立飛行機新鋭機として最高の仕上がりだからな」
「……そこじゃねえんだけどなあ。まあでも、注目すんのはそんなところじゃねぇだろ。高機動なのはもちろん、イメージモデルでいちばん目を引くのはコックピット横にぶっとく伸びた二本の槍。8.8cm超電磁砲だ。他にも固定武装として30ミリの機関砲が二門ついてんだ。こんなに興奮することはねえだろうがよ」
ふふふふふ……訂正しよう。こいつ、おもしろい。
「論外だ。戦闘機に必要なのは機動力。広大なソラを縦横無尽に駆け巡り、敵の攻撃を容易く躱せる機動力だ。火力なんぞ二の次、三の次で構わん」
「いやいやいやシュン、火力さえあれば敵のフリゲートとかだって粉砕できるし、ヘッドオンするときだって恐れる必要がない。文字通り、最強なんだぜ?」
「なにをいってる。だったらその汎用性は何のためにあるというんだね?戦闘機が来たら高機動ミサイルを、艦艇が来たら大型魚雷をそれぞれ装備できるだけの汎用性はあるんだ。さらに言えばこの機体は
「……らちが明かねぇな。いっそのこと、こいつできめてみねぇか?」
そういって、金髪、もといマルセイユ少尉が取り出したのはダイス。
「奇数なら火力、偶数なら機動力だ。どうだ、やらねぇか?」
「……くだらない。そもそも話に関連性がない」
「つまんねえこというなって……おい、そこのじょうちゃん、サイコロ振ってくれねぇか?俺が振るとイカサマだと思われるかもしれねえだろ?」
そういってマルセイユ少尉は前に座っていた同期らしき女性少尉に声をかける。
「さっきから馬鹿みたいな会話してたのは聴いてたけど、あんたに関してはほんとに大馬鹿野郎だ。グリフォンの良さをサイコロで決めようなんて。あれの素晴らしさはモジュール設計からくる整備性だってわかり切ってるだろ」
「「あ?」」
「ははっ、いいぜ。それなら1,6機動性、2,5火力、3,4整備性だ」
「乗った」
……なんなんだここのやつらは。合理的な議論ってものができないのか?
しかしここで降りては自らの負けを認めてしまうようなもの……
郷にいては郷に従え、か。
「……乗った」
そして、女性少尉がサイコロを振ろうとしたその時。
「その辺にしとき、佐々木少尉、マルセイユ少尉それから、クロフォード少尉……やったかな?」
艦橋のある方の通路から歩いてきたのは大尉の階級章をつけた軍人。つまり、上官。
「し、失礼しました!」
即座に敬礼を返す。
残る二人も遅れて続く。
その場にいた他の同期達はとっくの昔に敬礼をしていたようだ。
まずい、上官が近づいていたことに気がつかなかったばかりか賭け事を見られてしまった……
「ああ、どうもね。まあ、そんなに堅苦しくしなくていい。今の私は、ただの美麗なCAだからね」
ゆるく返礼を返したあと、全員の方を向いて上官らしき男は告げた。
「あーあー、えーっと。本日は火星小惑星散在帯間特別往還船『こうのとり』にご乗船いただき、誠にありがとうございます。本船はまもなく目的地に到着する予定であります。えー、気を引き締め、すみやかな下船に協力をお願いします。じゃ、諸君、議論はほどほどに、残り少ない快適な
下げるべき手を頭の上においたまま大尉を見送った。
どうやら御咎めなしらしい。
まったく、嵐みたいな人だが……助かった。
突然の上官来訪とさらに上官が行った船内アナウンスに困惑したのは場にいた全員同じだったのか、以後到着まで船内は異様なほどの静けさに包まれたのだった。
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