起 無垢編 雛は飛ぶ前に親に教わる

第1話 星空の旅

「本日は、火星往還船『Mars号』にご乗船いただき、誠にありがとうございます。本船は、間もなく岩崎港を出港し、約四日間の航海を経て火星オデュッセウス港へと入港いたします。本船での安らかな旅を……」


 窓の外に広がる宇宙はどこまでも続いていて終わりがないように見える。煌めく星々も同様にどこにでもある気がする。

 そして、あのひとつひとつの星には当然それぞれの形があり、色があり、寿命がある。でも我々はそれを肉眼で観測することが出来ない。

 その原因が、この広い宇宙にあるのならこの宇宙も霧のような存在に思えてくる。

 そう言う意味では”奴等”をMistと名付けた上の連中は、なかなかセンスがあるのかもしれない。

 ……まあそんなこと、どうでもいいか。


 これから同じ船内に数千とある小さな客室で暇な4日間を過ごすことを考えれば、憂鬱にならざるを得ない。

 なんなら窓の外にだんだん小さくなっていく地球をみていると、柄でもないのにやはり哀愁を感じてしまう。孤児になって、公立校、兵学校、士官学校と金のかからない進学をして、やっと出れたと思ってはいたが……なんだかんだここも故郷だったってことか。母なる星とはよく言ったものだ。


「まあ、しかしこの旅を終えれば俺は晴れてARMAなんだよな」


 腕に取り付けた立体投影腕時計型端末ホビーを起動し、証となる2つの証書を投影する。


『   修了証

          佐々木ささき しゅん 少尉

 貴官が地球防衛軍士官学校小型戦闘軍機専攻過程を首席修了したこと、また修了にふさわしき少尉階級へ昇進したことをここに証する。

西暦3203年3月29日 地球防衛軍士官学校校長フリードリヒ・フォン・べハード上級大将』


『   任官状

          佐々木 隼 少尉

 貴官を2203年4月1日付で対霧独立防衛空戦隊ARMAへ任官を下令する

 西暦3203年4月1日 地球防衛軍総司令長官 海原 与三郎元帥』

 

 1枚目にて、地球防衛軍士官学校の中でも極めて少ない定員数である小型戦闘軍機専攻過程。ここを修了し、士官となったことが証されている。そしてこの課程を修了したものの先には大きく3つの道が示される。

 各惑星での武装警備を担当する警備隊への配属、特殊降下海兵隊強襲揚陸艇操縦士、そして対霧独立防衛空戦隊通称『ARMA』への配属である。


 私が選んだのは、当然ARMAへの配属。

 ARMAというのは火星と木星の間に位置する小惑星散在帯アステロイドベルト内に設定された人類絶対防衛ラインを死守する空軍。

 そう言えば聞こえはいいが、案外人気は高くない。

 地球連邦防衛海軍UNCDNと特殊降下海兵隊の存在だ。

 UNCDNは木星を母港とする地球連邦防衛海軍の聯合艦隊を基幹としていて、そこには旗艦銀湾を始めとして数百の艦艇を有している。人類最大の希望だ。

 また、特殊降下海兵隊も特別手当が多く、その割には今のところ任務は少ない。比較的安全に稼げてしまうのだ。

 同じく宇宙を拠点にし人類の敵、Mistに対抗するという点は同じだが、中身はまるっきり違う。

 

 そして、現在ARMAの主任務は現在激戦の末に逃してしまった敵残党の殲滅。血気盛んな若者からの人気はもちろん、比較的安全に稼ぎたい連中にとっても特殊降下海兵隊と天秤にかけるとハイリスクすぎる。よって人気がないというわけだ。


 ……まったく、ばかばかしい。比較的安全な後方ともいえる場所で宇宙ソラを自由に舞いながら給金を得るチャンスだというのに、何辟易する必要があるんだか。


 しかし、暇だな。やはりこういうときのために手頃な趣味の1つでも持っておくべきなんだろうか。

 しょうがない。また、これでも読むか。

 興味がわかなければ暇つぶしたりえない。早々に端末の電源を落とし、修了時、任官先に着くまでに読むようにと渡された時代にそぐわない分厚い紙の本に目を通し始めた。

 『AA08グリフォン 仕様書』結局私は、それをオデュッセウス港に到着するまで読み続けたのだった。



 

「この度は、火星往還船『Mars号』をご利用いただきありがとうございました。本船はまもなくオデュッセウス港8番埠頭に接岸致します。第4ブロックにご搭乗のお客様は混雑防止のため接岸20分後からの下船となりますことをご了承ください」


 やっと、着いたか。

 丁度5周読み終わった仕様書を閉じる。

 いやしかし、この『AA08グリフォン』というのは実に素晴らしい。


 受領するのが、またひとつ楽しみになってしまった。


「第4ブロックにご搭乗のお客様にご案内申し上げます。下船の用意が整いました。お忘れ物がございませんようご注意ください。また、第5ブロック以降にご搭乗のお客様がお待ちです。すみやかな下船にご協力を……」


 ベットの下にしまってあったキャリーケースと仕様書その他を閉まってあるカバンを取り出す。

 

「さて、いくか」


 出発する時とき、窓越しに見えた碧い星はもうそこにはない。赤茶けた大地が景色の八割を占めている。

 残り2割の星空も地球の空とは違う。

 わずか4日でたどり着いたこの場所が、人類が何も気負うことなく過ごすことのできる最後の惑星……まったく、世界も狭くなったものだ。あの戦場が、もうこんなにも近いなんて。

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