贋物蒐集家セオドア・マーゴットの事件簿

闇オークションの攻防

「600から！」

　仮面の女性が叫ぶと、すぐさま声が上がり、「泥棒ねずみ」はあっという間に1000ドルを超えてしまった。舞台上の少女は、恐怖に顔を引きつらせて弱々しく横に振った。

「3500」

　セオドアが声を上げる。跳ね上がった値に驚いたのか、しばしの間があったが、また競りは再開された。

「4550！」

　太い男性の声。

「5600！」

　細い女性の喉から出る金切り声のような大声。

「いや7700！」

「7750！」

「8000でどうだ！」

　シーザーもようやく気づいた。この競り、こと「泥棒ねずみ」に限っては、入札者が(セオドアを含めて)三人しか居ない。シーザーが投資家を見ると、オペラグラスを片手に舞台上を観察している。おそらく、オークショニア役を務めている仮面の女性を注視しているのだった。

「しかし、みみっちい戦いだね、そう思わないかい、ハニー」

「これをみみっちいといえるのはお前だけだ、ダーリン」

「そうかな？　真の蒐集家（コレクター）っていうのは、本命に対してもっと真摯であるべきだ」

「真摯って？」

「こうするんだよ」

　そうしてセオドアは朗々と言い放った。

「1億（ビリオン）」

　静寂が舞台を満たした。セオドアは満足そうに席を立った。シーザーは戸惑いながらも、その後に続く。

「『泥棒ねずみ』、1億です。他にいらっしゃいませんか――」

　女性の声が追いかけてくる。

「いないさ」

　セオドアが女性の声に応えるようにつぶやいた。

「いらっしゃらないのでしたら１億で落札です――」

　そのときだ。

「1億1万――！」

　絶叫に近い額が聞こえてきた。シーザーは振り返り、セオドアは足を止めた。反射でシーザーは叫んでいた。

「2億ゥ！」

「人の金で……まあいいけど」

　金額を受けて答える声はやはり必死だ。

「2億1万――！」

「2億5000万」

　セオドアはガラスに手をつけて言い放った。しかし相手も粘り強い。

「2億5001万――！」

　シーザーは額を聞いて思わず眉をあげた。

「なんで1万だけ上乗せしてくるんだ？」

「彼には後が無いんだよ」

　言いながら、セオドアは丁寧にとどめを刺そうとする。

「5億」

「ご、５億１万……！」

「5億100万」

「5億101万！！」

「……」

　セオドアはシーザーを振り返った。

「ここは引こう」

「え？　『泥棒ねずみ』は――」

「彼の勝ちだ。彼は本気だ。僕らじゃ到底かないっこない」

「でも、――だって、あれは‼　あの子は！」

「……心配ないよ、ハニー」

「『泥棒ねずみ』、5億101万で落札です」

　仮面の女性が言い放ち、少女は舞台袖へと引っ立てられていく。セオドアはそれを見送った後で、シーザーの腕をつかんだ。もう闇オークションへの用は済んだとばかり、杖を突いて立ち上がるセオドアの顔は晴れ晴れとしていた。

「心配ならこのあと『泥棒ねずみ』たちに会いに行こうか」

「……たち？」