セオドアの思惑
シーザーはセオドアから奪い取った目録を片手にオークションの進行を見守っていた。
ナンバー14「瑠璃色の蜜蜂」ことサファイアの首飾りは917ドル、ナンバー45「まどろみの妖婦」こと少女のブロンズ像は1000ドルを超えた。
シーザーが目録と会場とをにらんでいるあいだ、セオドアは「秘色のたくらみ」の時のように声を上げたり、かと思えば彫像のように黙っていたり、商品によってさまざまな態度を取った。「瑠璃色の蜜蜂」は一瞥しただけで見向きもしなかったが、「まどろみの妖婦」のときは「1000ドル」と声を上げた。もちろん、どれも落札はしていない。
《続きましては目録ナンバー63、「猫の微笑み」》
イーゼルとともに運び込まれた抽象画の善し悪しは、シーザーにはわからない。
「700ドルから!」
女性が下限を叫ぶやいなや、セオドアはまた声を張った。
「900ドル」
「おい!」シーザーは目録を放り投げんばかりの勢いでセオドアの肩をつかんだ。
「おまえ、本当の目的を忘れちゃいないだろうな!?」
アラン・ウッドフィールド刑事の失踪の手がかりを見つけなければならないのに、セオドアはこの場に呑まれんばかりだ。本来の目的そっちのけで競売にのめり込んでいるようにすら見える。
「もちろん、ハニー。君に見合うプレゼントを見繕っているんだよ、僕は」
「そうはいっても……」
「しっ、静かに」
セオドアの瞳はまっすぐ舞台上を見ていた。声は上がり続ける。
「910!」
「915!」
「916!」
そのあとはじょじょに値がつり上がっていき、最後には930ドルで落ちた。「猫の微笑み」にふさわしい額なのかどうかは、門外漢であるシーザーには全くもってわからない。が、セオドアは何かをつかんだようだ。
「……なるほどね」
セオドアは蠱惑的な笑みを浮かべた。シーザーはこの笑みを知っている。ふたりの大学時代に起きたある事件――女子学生連続殺傷事件の犯人の手がかりをつかんだときと全く同じ顔だ。セオドアは、贋物を見るときなどより、何らかの謎を解いたときの方が美しい。その意味で、シーザーはやはり、と思う。
やはり、この男の職業は蒐集家よりも、顧問探偵のほうが似合っている。謎の少なくなった現代においては、探偵など時代遅れの職業かもしれないが、この蠱惑的な笑みの前には、それをさしおいてなお、謎がよく似合った。
――セオドア。やっぱりお前、探偵をやるべきだよ。
「……なにかひらめいた顔だな、ダーリン」
シーザーは内心をおしこめて、演技を続けた。
「いや、久しぶりの道楽が楽しくてね。こんなに楽しいのは久しぶりだ」
セオドアは背もたれに体をあずけて伸びをした。
「ここからは高みの見物といこう。君も楽にしていていい。最後の商品が出るまで、僕は声を上げないことにする」
シーザーは頷いた。
そう、問題は最後の商品にある。「泥棒ねずみ」だ。
《――では本日の目玉商品のご紹介をさせていただきましょう》
機械音声が告げる。ふたりは視線を舞台の上に戻した。そこにはすでに、木製の椅子が用意されていた。
《「泥棒ねずみ」にはお仕置きが必要です。我々を嗅ぎ回るねずみは排除しなければなりません。そのために――》
「あっ……」
シーザーが声を上げた。しかしそれをセオドアが手で塞いだ。
《「泥棒ねずみ」には痛い目に遭ってもらいましょう。こちらの少女はかしこく、器量もよし、傷もありません。もちろん、追いかけてくるような
はだかの少女は顔を真っ赤にして泣いている。両腕を縛り上げられ、裸体を隠すことも叶わずにすべてを衆目にさらさずを得なかった。哀れにも身につけることを許されているのは真っ白な靴下だけだ。それも、見るものが見れば、イギリスの名門ハイスクールのものだとわかるだろう。
アラン・ウッドフィールド刑事には妹が居る。まだ十五歳だと言っていた。彼は妹を溺愛していて――
シーザーは悟った。あれはアランの妹だ。間違いない。
「セオドア! あれは」
「うん」
セオドアは目を光らせた。
「もちろん、落とすよ。目的の
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