ハニー&ダーリン
【アラン・ウッドフィールド刑事の報告書・Ⅲ】
・・・
出品される盗品類について。【目録】や某投資家の証言、そしてこれまでに各国で盗難被害に遭った美術品を照らすと、(百パーセントとまではいかないが)出品される美術品や骨董品のたぐいはほとんどが盗品にして本物である(※これは某投資家の証言にたのむところがあるので、推測の域を出ない)。これが本当ならば、網の目のように、アリの巣のように――世界を股にかけた、巨大な「盗人」のコミュニティが闇に潜んでいることになる。このオークションのために何人の盗人が動いているか――またこれも憶測の域を出ない。
ただ確かなことは、この闇オークションが多くの蒐集家や富裕層の目をこれ以上無く愉しませ、彼らにとってのスリリングな駆け引きゲームの盤上となっていることである。そうでなければ、これまでここまで堅牢に秘匿されてきた事の説明がつかない。
――アラン・ウッドフィールド
・・・
「見てごらんハニー。ここから出品物を見下ろすんだ。それで、入札したいなら額を叫ぶ。どうも、このオークションは古式ゆかしい方式のようだ」
通された小部屋にはオペラグラスが一つと小さなテーブル、豪奢な椅子が一つあり、一面のガラス窓の向こう側に広い空間が見えた。ここへ二人を通した小間使いはセオドアによると『椅子をもうひとつ用意します』と言ったそうなのだが――セオドアはそれを固辞した。曰く「こんなに大きな椅子なら二人で座れば良い」とのことだ。どうして断った、と
「見ればわかる。それで、……いつになったら俺の名前を呼んでくれるんだよ、セオドア」
セオドアはかたくなに「ハニー」呼びをやめず、呼ばれ続けるシーザーは頭痛を通り越して吐き気まで催す勢いだった。なかばうんざりしながら訊ねると、セオドアは美しい顔に笑みを浮かべた。
「君の名前を誰にも聞かせたくない。僕だけのものにしておきたいのさ」
「……――そうかい」
ふと冷静になって考えてみると、これは単なるごっこ遊びではなく、シーザーの名前も身分も秘匿するための一つのすべなのだと気づく。こんなところにスコットランドヤードの刑事が乗り込んだらおおごとだ。頭の回転の速いセオドアのことだ、そのことを考えないはずがなかった。その隠匿の仮面が「セオドアの
「ところでダーリン。今日の目玉商品は『泥棒ねずみ』だが、これをどう思う?」
いっそ全てに乗ってやるつもりで、セオドアの腰掛けた椅子の、右側に寄りかかる。柔らかな素材は、足を伸ばしたまま座るのにちょうど良い。
「ここに流れてくる品物はほとんどが盗品だという噂だけど――」セオドアは杖を突いてその上に顎を乗せた。「僕は思うんだ。飛行機に乗り込んだときからずっと考えている。――泥棒が『泥棒』を出品するとは、どんな心理だろうか」
「見せしめ」シーザーが一つずつ可能性を上げていく。「あるいは、報復」
「そうでなければ」セオドアが次を継いだ。「単純に娯楽かもね」
「娯楽?」
先ほどから脳裏をむしばんでいた頭痛はどこかへ飛んで行った。シーザーはセオドアを間近にのぞき込んだ。その姿はまるで本当に恋人同士のようだったのだが、シーザーにとってはどうでもいいことだった。
「人間が『人間』をオークションにかけ、人間同士がそれを奪い合うんだ。他でもない、『人間』に価値をつけるために――至上の娯楽じゃないか。ぞくぞくするだろう」
「怖気がする。俺は嫌だね」
相棒、アラン・ウッドフィールドの顔を思い描いて、大きく息を吐く。重ねるようにいう。「俺は、嫌だ」
「君には分からないだろうけど――」セオドア・マーゴットは秀麗な顔をシーザーに向けた。キスせんばかりの間近で、かれはゆっくり唇を開いた。
「人間の本性なんて、そんなものだ」
腹が立つほどに整った美しいセオドアの顔を見詰めながら、シーザーはただ祈った。
アラン。ただ、無事でいてくれ、と。
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