素敵な買い物

【アラン・ウッドフィールド刑事の報告書・Ⅱ】

・・・

 闇オークションの主催者オーナーについて。一切が不明。先日逮捕された某資産家によると、顔も名前も誰も知らないだろうとのこと。無論国籍も不明である。某資産家が闇オークションに参加したのは過去三回、場所は古い順にニューオリンズアメリカリオ・デ・ジャネイロブラジル北京中国の三カ所とのこと。開催場所に法則性はなく、また主催者の意図も読めない。主催者に関する情報はほとんど無いと言って良い。

・・・

 

 手紙にしたためられた住所を訪れると、つくりの古い劇場に「ライ麦畑で捕まえてキャッチャー・イン・ザ・ライ」と垂れ幕が下がっていた。

「これが今日の演目なんだろうね」とセオドアが言う。シーザーが着慣れない服でいたたまれずに居ると、セオドアはその「ライ麦」の劇場へつかつかと入っていくではないか。

「おい、待て、どこへ行く」

「行くべきところに行くんだよ、クリフ。ついてきたまえ」

 またそれか、とシーザーは早足でセオドアを追いかけた。

 もぎりの中年の女性がたいくつそうに夕刊を読んでいる。セオドアはゆっくりと彼女に近づくと、そっと黒い封筒を見せた。女性は何も言わずにその封筒を検分し、それからひとこと、

『三番の入り口からどうぞ』

 とだけ言った。

『どうも、レディ』

 セオドアが手を挙げて黒封筒を受け取り、歩き出そうとするので、シーザーは彼にくっついてあとに続こうとした。しかし、女性の目はシーザーを逃さない。

『彼は? 呼ばれたのは貴方だけではなくて?』

 チェコ語は解さないが、自分のせいで呼び止められたことだけは分かった。シーザーは額の汗も拭えずに、セオドアの応接間にあるニケの彫像のように止まってしまった。確実に、シーザーは「非日常」の空間の入り口に立っていた。そして今、「非日常」のほうから弾かれようとしている。


『レディ、これは私の恋人でね。恋人にプレゼントを見繕いたくてここまで連れてきたんだよ。通してもらえないだろうか』


 甘い顔でセオドアが何事か言い、(怖気のするような)あでやかな手つきでシーザーの腰を抱いた。


『ひどく緊張しているようだけど……大丈夫?』

 女性は疑いのまなざしを緩めない。

『恋人はこういった場所は初めてでね。少しナーバスになっているようなんだ。そう緊張するなと言い聞かせているんだけど、彼はとても神経質でね――ね、可愛い人ハニー

 ハニー、と呼ばれた事だけは分かった。あとで殴ろう、とシーザーは拳を固めたまま、べたべたと触ってくるセオドアの手を許した。

 女性はされるがままのシーザーと、麗しい笑みを浮かべるセオドアを見比べ、何事か考えたあと、手をのべて二人を奥へと促した。

『三番の入り口よ、間違えないで』

『ありがとうレディ。素敵な日を』

『そちらこそ、を』

 

 シーザーは腰を抱かれながら小声で訊ねた。

「おまえ、一体何を言ったんだ」

「……さて?」

 

 チェコ語のみならず世界各国の言葉に精通しているセオドア・マーゴットは首をかしげてみせた。

「碌な事じゃないな。そうに決まってる」

「まあね、君が聞いたら卒倒しそうな嘘をついてしまったよ」

 通された暗い通路を並んで歩きながら、シーザーはセオドアの肩を殴ってやろうかと考えた。しかしどこに監視カメラがあるか分からない。「ハニー」。シーザーの読みが正しければ、今自分はろくでもない立場にいるらしい。シーザーは毒づくことしかできなかった。

「このやろう。一生もんの恥だ」

「あははは」

 セオドアはからから笑い、そしてステッキで先を示して見せた。

「ここからだよハニー。三番の入り口が見えてきた」

「何がハニーだ――」

 セオドアは言いかけたシーザーの唇に一本指を立てた。

「ここから先、君は僕――セオドア・マーゴットの恋人ハニーだ。忘れないでくれ給え」

「……くそ」

 



 



 

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