素敵な買い物
【アラン・ウッドフィールド刑事の報告書・Ⅱ】
・・・
闇オークションの
・・・
手紙にしたためられた住所を訪れると、つくりの古い劇場に「
「これが今日の演目なんだろうね」とセオドアが言う。シーザーが着慣れない服でいたたまれずに居ると、セオドアはその「ライ麦」の劇場へつかつかと入っていくではないか。
「おい、待て、どこへ行く」
「行くべきところに行くんだよ、クリフ。ついてきたまえ」
またそれか、とシーザーは早足でセオドアを追いかけた。
もぎりの中年の女性がたいくつそうに夕刊を読んでいる。セオドアはゆっくりと彼女に近づくと、そっと黒い封筒を見せた。女性は何も言わずにその封筒を検分し、それからひとこと、
『三番の入り口からどうぞ』
とだけ言った。
『どうも、レディ』
セオドアが手を挙げて黒封筒を受け取り、歩き出そうとするので、シーザーは彼にくっついてあとに続こうとした。しかし、女性の目はシーザーを逃さない。
『彼は? 呼ばれたのは貴方だけではなくて?』
チェコ語は解さないが、自分のせいで呼び止められたことだけは分かった。シーザーは額の汗も拭えずに、セオドアの応接間にあるニケの彫像のように止まってしまった。確実に、シーザーは「非日常」の空間の入り口に立っていた。そして今、「非日常」のほうから弾かれようとしている。
『レディ、これは私の恋人でね。恋人にプレゼントを見繕いたくてここまで連れてきたんだよ。通してもらえないだろうか』
甘い顔でセオドアが何事か言い、(怖気のするような)あでやかな手つきでシーザーの腰を抱いた。
『ひどく緊張しているようだけど……大丈夫?』
女性は疑いのまなざしを緩めない。
『恋人はこういった場所は初めてでね。少しナーバスになっているようなんだ。そう緊張するなと言い聞かせているんだけど、彼はとても神経質でね――ね、
ハニー、と呼ばれた事だけは分かった。あとで殴ろう、とシーザーは拳を固めたまま、べたべたと触ってくるセオドアの手を許した。
女性はされるがままのシーザーと、麗しい笑みを浮かべるセオドアを見比べ、何事か考えたあと、手をのべて二人を奥へと促した。
『三番の入り口よ、間違えないで』
『ありがとうレディ。素敵な日を』
『そちらこそ、素敵な買い物を』
シーザーは腰を抱かれながら小声で訊ねた。
「おまえ、一体何を言ったんだ」
「……さて?」
チェコ語のみならず世界各国の言葉に精通しているセオドア・マーゴットは首をかしげてみせた。
「碌な事じゃないな。そうに決まってる」
「まあね、君が聞いたら卒倒しそうな嘘をついてしまったよ」
通された暗い通路を並んで歩きながら、シーザーはセオドアの肩を殴ってやろうかと考えた。しかしどこに監視カメラがあるか分からない。「ハニー」。シーザーの読みが正しければ、今自分はろくでもない立場にいるらしい。シーザーは毒づくことしかできなかった。
「このやろう。一生もんの恥だ」
「あははは」
セオドアはからから笑い、そしてステッキで先を示して見せた。
「ここからだよハニー。三番の入り口が見えてきた」
「何がハニーだ――」
セオドアは言いかけたシーザーの唇に一本指を立てた。
「ここから先、君は僕――セオドア・マーゴットの
「……くそ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます