プラハにて

【アラン・ウッドフィールド刑事の報告書】

・・・

 闇オークションの存在をロンドン警察スコットランド・ヤードに知らしめた事件。

 ロンドン、ウェストミンスターにおいて昨年、違法薬物乱用で逮捕された某資産家が、地球の裏側で盗まれた盗品とおぼしき日本画を所有していた。そして某の家宅捜索のさいこの【招待状】および【目録】が発見され、またその某が取り調べの際に闇オークションの存在をほのめかしたことから、当該オークションの存在が浮上。当時から噂話の域を出なかった闇オークションの捜査はにわかに動き出した。各国はこの盗品を巡る巨大な闇マーケットの存在、その糸口を捕らえたのである。

 闇オークションの特徴として、必ず招待状が送られてくること、黒地に金のインクで宛名が書かれていること、そして招待状が届くのは決まって富豪か蒐集家か――つまり、盗品だろうが何だろうがコレクションしたい人物――に絞られていること、などがある。

 手紙に同封される目録には商品の正式名称が載ることは無く、必ず詩的ポエトリーな仮称がつけられ、参加者は目録から商品の予想を立てるしかないという。某の証言による。

・・・



「不本意だ」とセオドアが言う。旧く美しい町、チェコ・プラハに降り立ったときから彼はずっとそう言い続けていた。「すべて盗品ということは僕の欲しいものはないと決まっているじゃないか。贋物が盗まれるなんてことはそうそう無いだろうし」

「そう言うなよ」とシーザーは煙草に火をつけようとしたが、セオドアの恐ろしい形相でライターを落としかけ、慌ててポケットに全てをしまい込んだ。

「オークションに招待されたのはお前なんだ。お前の招待状を使って俺が潜入しても失敗する可能性の方が高い。俺はいいとこお前の友人か用心棒だ」

 セオドアはよどみなく答えた。「まあ、僕の素性と居所を素早く洗えるような人物だ、君がセオドア・マーゴットのフリをしても、僕の素顔までバレていれば意味が無い。閉鎖されたコミュニティに異物が迷い込んだら最後どうなるか……」

「分かってるなら協力しろよ」

 シーザーはセオドアの腰をばしんとたたいた。セオドアは盛大に顔をしかめ、ステッキの先でシーザーの腹部を小突いた。

 古くは中世の町並みをそのまま保った神秘的な町プラハは、いい大人二人が幼児のような小競り合いをしていてもなお美しい。

「それよりその服はなんとかならないのか」とセオドアはシーザーの頭のてっぺんからつま先まで眺めて苦言を呈した。「まるでジゴロだ」

「これが俺の一張羅だ」苦言に苦言を重ねたシーザーは、むっとして胸を張った。

「俺の家にこれ以上の背広はないね」

「どうしようもないなクリフ。いい男にしてあげよう。ついてきたまえ」


 プラハの町のテーラーに入ったセオドアは、流暢なチェコ語で『この男に洋服一式』と注文オーダーしたあと、『金に糸目はつけない』と言い放った。瞬く間にシーザーは一張羅――よれてくたびれた背広――を脱がされてあれこれ着替えさせられた。試着室のカーテンを開けるたび、着たものにたいしていちいちセオドアがああでもないこうでもないと文句をつけるので、シーザーはそのたびに頭痛をおぼえた。頑固なセオドアが「うん」と言ったのは一時間後で、激しいダンスでも踊ったあとのような疲労感と、良い客を捕まえることができて満足げな店員のあいだで、シーザーはかすかに笑った。諦めだ。


「これで支度は調ととのったね」

 セオドアは満足げに、鏡の前のシーザーの隣に立った。その時初めてシーザーは、セオドア・マーゴットの隣にならんでも遜色のない格好をさせられていることに気づいた。英国紳士といった風貌のふたりは、まるで別人のようにシーザーを見詰め返していた。

「行こうか。闇を覗きに」

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