贋物蒐集家セオドア・マーゴットの事件簿
紫陽_凛
ことのはじまり
盗品オークション。名の通り、各国の盗品ばかりを集めた闇競りだ。この競りに参加できるのは【招待状】を受け取ることのできる富裕層、蒐集家のみである。【招待状】を受け取る招待客は、このことをヤード(あるいは警察、治安組織など)に通報するような者ばかりではないらしい。ゆえにそのオークションはインターネットの噂話の域を出ず、長らく闇に包まれていた。が、ある事件を切欠にこの闇オークションはヤード――および世界の知るところとなった。
アラン・ウッドフィールドはヤードの中でもこの闇オークションの検挙に熱を上げている若手の捜査員だった。その彼と一週間連絡がつかない。これは何かあったにちがいない――。
「で、君が僕の元に来た理由はそれだけかい」
「それだけ? 人間が一人居なくなってるんだぞ」
セオドア・マーゴットは手ずから入れた紅茶の香りを嗅いだ。シーザーは苛立たしげに彼の端正な顔を注視した。
「人捜しだ。協力してくれよ、……頼むから」
「頼む。頼むだって? あの大学の暴れん坊の君が?」
ロンドン警察所属、シーザー・クリフ警部補の大学の
「協力してあげたいのは山々だけれどね、クリフくん。僕は一介の蒐集家だ。かの有名なシャーロック・ホームズのような顧問探偵ではない」
「そんなことは分かってる。お前が探偵じゃないこともお前が
セオドアはそれを聞いて眉を上げた。先ほどの表情はなりをひそめ、やれやれと言わんばかりである。
思えば学生の頃からこういう男だった。詭弁にもとれる独自の論理を弄し、反論はのらりくらりと躱し、敬愛するシャーロック・ホームズをまねたかのような推理劇を披露し――変わり者の中の変わり者といえばこのセオドア・マーゴットだった。
今は贋物収集を趣味とする投資家をしている。この(シーザーに言わせれば)悪趣味な応接室も、その贋物で飾り立てられた彼の城の一部なのだった。
贋物のモネの絵画、贋物のピエタ、贋物のニケ、贋物の――それらはある法則性をもってきっちりと並べられたチェスの駒のようだった。サイズ感も材料も異なるそれら贋物の芸術品は、今にも殴りかからんばかりにシーザーをにらんでいる。ここにいて贋物と分かっているものに囲まれていると、自分の方が贋物なのではないかという錯覚に襲われるのである。シーザーはこの家が苦手だった。
「まあ、君の狙いは半分あたりで半分外れといっていい」
セオドアは優雅に口を開いた。そして懐から、黒い地に金のインクで「セオドア・マーゴット様」と書かれた封筒を取り出して見せる。
「ここに【招待状】がある。だが僕は、【招待】されるつもりは毛頭無い」
シーザーは反射でその封筒をひったくった。思いのほか分厚い封筒だった。セオドアは「これだからヤードは」と眉をハの字にして呆れたように肩をすくめた。
【セオドア・マーゴット様 秘密のオークションのお知らせ
次の満月の晩 古き歴史の町プラハにて 午後六時に開催いたします
お忘れ無きよう これは秘密の
目録を添付させていただきます あなた様のご参加をお待ち申し上げています】
シーザーは手紙を放り投げ、分厚い目録を開いた。「秘色のたくらみ」、「瑠璃色のミツバチ」。的を射ない商品名ばかりだ。さいごに大きく表示された目玉商品は「泥棒ねずみ」とある。
「泥棒ねずみ?」
シーザーは目を丸くした。セオドアは淡々と、長い指を伸ばして手紙を拾い上げた。
「それが、君の言うところの、ウッドフィールド刑事なんじゃないのかい」
「そんなまさか」
「どうも、このオークションには、人間を売ってはいけない道理はないからね」
セオドアはホームズのように手を合わせた。
「この【招待状】を使いたいのなら、人の善性など期待しないことだよ」
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