冒険者たち

           1


案内された病室は「関係者意外入室禁止」と掲げられていた。

この中でどんな状態になってるのかと思うと、涙の乾いた頬がまた濡れそうになってくる。

どうにもならないのに行ったり来たりしていると、

「あっ、キミ!」と女の人が声をかけてくれた。

ケンジのお姉さんだ。

知ってる人の顔を見てようやく僕は安心した。が、ケンジは…。

「来てくれたんだね。ありがとう。ケンジは大丈夫だよ。命は取り留めたって」

そう聞いて、僕はワッと泣き出した。

お姉さんも「…ありがとうね。心配かけてごめんね。ありがとうね。本当に…良かった…!」

と一緒になって泣いた。


自販機でお姉さんが温かいお茶を買ってくれて、2人で廊下の椅子に並んで座った。

「悔しいよね。あの子は何も悪くないのに。あんな重たいもの運転して、よく前を見てなかったって…ふざけんなってんだよ!本当に…」

僕も同じくらい憤った。

一命を取り留めたからまだ良かったものの、ケンジはしんじゃってたかも知れないんだ。

普段あまり気にした事はなかったが、僕は初めて車を憎いと思った。

「怪我は…、どんな具合いですか?」

聞くのが怖かったけど僕は気になって尋ねた。

お姉さんは缶のお茶を一口すすって

「足が…、ね。ちゃんとくっついてるけど、かなりひどいみたい。まだ何度か手術する必要があるって…」

 足が…。

黙り込む僕の気持ちを察して、彼女も辛そうに告げた。

「…歩くのも、これからまだ手術とかリハビリとか必要なんだけど。サッカーは…もう…だめみたい」

声を押し殺すようにしてお姉さんは泣いた。

隣で僕も、悔しくて悲しくて肩を震わせながら泣いた。


(サッカー選手になってテレビに出る)


一緒になって憧れた夢が、静かに、容赦なく崩れていく。

こんなにもあっけなく。友達の夢が奪われるなんて…。

泣いても泣いても泣き足りなかった。

ケンジの自信満々な顔を、何度も思い出してはまた泣いた。



          2


タケシが乗ってくる電車を僕は駅で待っていた。

事故と怪我を伝えたら、電話の向こうで彼もシクシク泣いていた。

学校休んですぐに行くと言われたが、僕も一緒に行きたかったので日曜日に予定した。

すぐにでも駆けつけたいタケシの気持ちが痛いほど分かった。



久しぶりに会ったのに、僕らは病院までほとんどしゃべらなかった。

何度か難しい手術を終えたケンジは、やっと面会の出来る普通の個室に移されているらしい。


事故以来、会うのは初めてだ。

どんな顔をして行ったらいいのか、タケシも僕も分からないままそこへ着いた。

コンコン、とノックをすると、「はい」と中から声がした。多分ケンジのお母さんだろう。

ドアを開けたお母さんは「まぁ、ありがとう。あら、タケシくんまで!立派になったわねぇ」

タケシは少しはにかむようにして頭を下げた。

ケンジのお母さんが体の大きさを言ったのではないと分かっていても、タケシは少し恥ずかしそうにしていた。

「どうぞ、お入りくださいな。ケンジ!2人が来てくれたわよ!」

病室の奥へ進みながら、僕はドキドキしていた。きっとタケシもそうだっただろう。



布団をかけられたままベッドに座ってマンガを読んでいたケンジは

「ようっ!久しぶりだなぁ〜悪友たちよ!」

と元気に言った。

「これ!友達の事を悪友なんて言わないの!親友でしょ」

お母さんに軽く小突かれて「イテッ」と頭をさするケンジは、僕が泣きそうなほどいつものケンジだった。



          3


「でさあ、俺がバツグンの反射神経で交わせたから良かったけど、マジであいつ免許取り消して欲しいぜ」

3人でゆっくり話せるようにとお母さんが席を外したあと、ケンジはいつもの「ケンジ節」で話題を盛り上げてくれた。

相変わらずタケシいじりをしていたが、見舞いに来てくれた旧友にその扱いはソフトだった。

タケシも「僕はもうこのキャラで生きて行く」と開き直り、小さな同窓会は昔に戻ったようでもあり、みんなそれぞれの成長を伺わせた。


「あ~喋り過ぎてのど渇いちゃったな。タケシ、売店で何か買ってきてくれよ」

「えぇ〜そういうの、"パシリ ” って言うんだよ」

顔をしかめたタケシにケンジは引き出しから2枚の紙を出した。

「これ、売店で使えるチケットなんだけど、1枚が500円分。それがなんと二枚」

「!!」

タケシの反応が明らかに変わった。

「俺は水かお茶でいい。お前は?」

「僕?あ、じゃ僕もお茶」

「二人分の飲み物と、あとはタケシが好きな様に買って来ていいよ」

「ほんと?!コーラのでっかいのとかスナックも?」

「ああ全然いいよ。俺は病院からもうすぐお昼が出るし、あとは適当に」

大きな体を軽々しくスキップさせてタケシは病室を出ていった。

「ふふっ。成長してもタケシはタケシのまんまだね。………ケンジ?」

振り返ると、ケンジは背中を向けて窓の外を見ている。

しばらくしてから、力の無い声で呟いた。

「サッカー…。もう、やれないんだってよ…」

ケンジは背を向けたまま、ハァ〜とため息をついて俯いた。

「スゲーだろ、5回も手術したんだぜ。でも、だめだった…。何とか歩ける様にはなるけど、思いっきり走るとか、ボールを蹴るなんてもってのほかだってさ。見えないけど、粉々になった足の骨を無理やりくっつけてあるって。鉄だらけだぜ。サイボーグみたいだろ。…でも、そんなに強く無い。それどころか普通の人より脆いんだ」

ケンジが涙を拭くのが、肩越しでも分かった。

「今まで何やってたんだろうな、俺。サッカーだけが取り柄だったのに。サッカーに全てかけてきたのに。…サッカーしか、やった事無いのに…。これから長いリハビリが始まるみたいだけど、もう、どうでもいいや。サッカー出来ないこの足なんか、あってもなくてもおんなじだよ」

彼は悔しそうに足を拳で叩いた。


僕は。

なんと声をかけていいか分からなかった。

そのはずなのに、口から勝手に言葉が出た。

「……ふざけんなよ」

俯いてたケンジが驚いた様に僕を見る。

「サッカーが無きゃ生きていけないのかよ。ふざけんな。サッカーしかやった事ない?そうだよ、君はサッカーしかやって来なかったよ。だから自分に他に何が出来るか知らないだけなんだ。命が助かったんだぞ?本当に何も出来ないのは、死んでしまう事だぞ。生きてれば、何だってやれる!まだ17だぞ?これからまだまだ見てない未来があるんだ!怪我で何もかも失った様な言い方なんて…、ふざけんな!そんなのケンジじゃない!そんなの、そんなカッコ悪いの、ケンジじゃないよ!」

口をついて出た言葉は止まらなかった。本当は、慰めた方が良かったかも知れない。だけど僕は、悔しかった。悔しくて、悲しかった。

「お、お前なんかに、何が分かるんだよ」

「分かるさ!ずっと一緒に居たんだ!何だって話し合えた。君はいつも、どんな時でも、勇気を持って先頭に立って歩いたんだ!強くて、格好良くて、僕の憧れだったんだ!これからだって、一緒に生きて行くんだ…!」

我慢出来なくなって、僕はワアァッと泣き出してしまった。

「お…まえ…」

ケンジもボロボロ泣きながら声を絞り出した。

「おまえに…、そんな事、言われるなんて…。そんな事、い、言ってくれるなんて…」

僕はケンジに歩み寄った。

ケンジも僕も、互いをしっかりと抱きしめた。

「ありがとう、ありがとう。俺の親友…。お前は今日から俺の、俺の大事な大親友だ!今まで親友だったけど、今日からはもっとだ!」

僕も泣きながら何度も頷いた。


病室の扉が突然開いて、

「うわぁぁぁん!」

とタケシが飛びついて来た。

「僕もだよぉ〜!僕もケンジ君の、2人の、大親友だよぉ!ありがとう!ありがとうね!2人とも大好きだよ〜あぁぁっ」

どうやらタケシも途中からドアの外で聞いてた様だった。

「分かった!分かってるよ、タケシ!だからその、お菓子だらけの口でオレにしがみつくな!服が汚れる!」

「うわぁぁんごめん!我慢出来なくて来る途中に開けちゃったぁぁぁ〜!うわぁ~ん!」

大泣きするタケシに、僕とケンジは今度は笑い出してしまった。

「どんだけお菓子好きなんだよ。これからタケシの事 " お菓子の王子様” って呼ぶわ」

「うわぁぁんそんな立派な名前、ありがとうケンジく〜ん!」

もうたまらなくなって、僕ら2人はタケシを抱きしめながら泣き笑いした。





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