また会う日まで

          1

洞窟を抜ける。

外の空気に僕らは触れた。

もう夕暮れも過ぎて辺りは暗かった。

それでも山の木々の下に見える街灯や家の明かりが、僕らが現実の、生きてる世界へ戻れたのを迎えてくれているようだった。

「…出れた」

「腹、減ったな…」

「グスン…グスン」

最後まで僕らを守ってくれた懐中電灯の明かりが、まるでその役目を終えたかのようについに消えた。

でも、もう大丈夫。

足元は多少おぼつかないけど、どう歩けばいいのかは分かる。

ここには道があるから。


僕らはヘトヘトな体と心を何とか奮い立たせて山道を下る。

街灯が灯された道路に出ると、ようやく人間の世界に戻って来れたような実感が湧く。

疲れもあったけど、ひとつ大きな事を成し遂げた様な高揚感で、僕らは次回は洞窟のまだ見てない所の探索と、そして「アレ」が何かを調べる必要があると話しながら歩いた。



公園が見え始めた時、「おい!君たち!」

と誰かに呼び止められた。

振り返って見ると、そこにたっていたのはお巡りさんだった。




公園には、発見の知らせを受けたの大人たちが集まっていた。行方不明の子供の捜索に協力してくれた人達だ。パトカーもレスキュー車も何台か来ていて、救急車までいる。

泣きながら、申し訳ございませんとお礼を言いながらみんなに頭を下げるお母さんやお父さんたち。厳しい眼差しで僕らを追求する先生や大人たち。

でも僕らは山を探検してて道に迷ったと言って、洞窟の事は秘密にしていた。


念のため病院へむかう救急車の中で、お母さんは涙ぐみながら僕の肩をを力いっぱい抱き寄せていた。

お父さんは向かいの席で腕組みして難しい顔をしていた。

だけど目の周りには泣いた様な痕があった。



僕らは、冒険とは誰かを心配させることでもあるんだとこのとき初めて知った。



         2


洞窟の存在がバレた。

両親に厳しく追求されたタケシが喋ってしまったらしい。

学校では全校集会が開かれ(僕らの名前は出されなかったけど)、町のいたるところの穴という穴を塞ぐ工事が始まった。

ケンジは「バカだなぁお前。何でベラベラ喋っちゃうんだよ。オレなんてゲンコツで小突かれたけど、知らんぷりしてたぜ!」としばらくはタケシと口もきかなかった。


僕らの見つけた穴は昔は炭鉱だったらしく、町主体で調査が行われた。でもどうやら戦前から存在していて元は何だったのか分からない上に複雑で、調査の途中で落盤もあった。怪我人は出なかったがそれ以上の調査は打ち切られ、入り口は前よりしっかりと封鎖されてしまった。


幸いなのかどうなのか分からないけど、僕らの見つけた古代人の絵は見つからなかった様だった。



ケンジとタケシが微妙な関係になってから2ヶ月程経った頃だ。

タケシが「話しがある」と言って、学校が終わってから珍しく僕らを公園に呼び出した。


ポケットに手を突っ込んだままのケンジに

「あの…。洞窟の事は本当にごめん」

と、何度も聞いた言葉をまた口にした。

「分かったから。もういいよ。そんな事また言うために呼んだのかよ」

タケシはもじもじしていたが、一度「ハァ~…」と大きなため息をついて

「あのね、実は…。僕、僕んち引っ越す事になったんだ」

と打ち明けた。

ケンジはポケットから手を出して

「えっ、うそだろ?…マジかよ…。いつ?どこに?」

と珍しく余裕のない顔で尋ねた。

「再来週。終業式が終わってから、そのまま…。北海道に、転勤するんだって。お父さんが」

タケシはうつむいて口にした。少し泣きそうな顔になっている。

「マジかよ…」

僕もケンジも、急な告知にショックを受けていた。

夏休みはまた3人で冒険に出かけようと思っていたのだ。

「あの…、だからその…。色々ごめん。本当に。…ケンジくん、僕の事ゆるしてくれる?」

泣きそうな顔でタケシがケンジを見る。

ケンジは一度だけ目を合わせたが、すぐそっぽを向いて

「許さない」

と言った。

僕は「おい…!」

と思わず声に出した。

ケンジは口をすぼめたままタケシに向き直って言った。

「許さない。絶対に。俺たちの冒険をめちゃくちゃにしたんだからな。すっげー楽しかったのに。これからもすっげー楽しみにしてたのに」

俯いて聞いていたタケシはついに泣き出してしまった。

「ぼ…僕だって、グスッ…。楽しみにしてたよ…。だから、謝ってるんじゃないか。どうして…ゆるしてくれないの」

僕も険しい顔でケンジに言った。

「そうだよ、もう許してやりな…」


…ケンジは、泣いていた。

「何でだよ…。何でそんな遠くに引っ越しちゃうんだよ…。そしたらもう、一緒に探検出来ないじゃないか…!ずっと、ずっと一緒に冒険したかったのに!」

うわああぁ〜んとケンジが泣き出した。

タケシも「ごめん、ごめんね」と何度も言いながら泣いた。


辛くて悲しくて悔しくて寂しくて。

僕らは3人で、大きな声で泣いた。


ケンカした時より、仲間はずれにされた時より、ずっとずっと何倍も悲しかった。



          3


終業式が終わってから、ケンジと僕はタケシの家に行った。

大人たちもタケシの両親にご挨拶をしている。僕らはタケシを塀の陰に呼んだ。

「これ。俺が1番大好きな戦隊で1番大好きなヒーロー。お前にやる」

ケンジは大切な宝物をタケシに渡した。最初に見せびらかした時、タケシがすごく羨ましがったやつだ。

「いいの?…ありがとう。大事にする」

「そりゃあ大事にしてもらわなきゃな!1個しかないんだから。きっともうどこにも売ってないぜ」

ケンジは笑いながらタケシの肩をそっとつかんだ。

「どこかに飾って、見るたびに思い出してくれよな…」

ニンマリしながら言ったケンジは、少し目を潤ませていた。

「うん…。絶対に、忘れない」

咳払いしながらあっちを向いたケンジに代わって、今度は僕が大切なものを渡した。


あの洞窟の地図だ。

鉛筆じゃなく、ボールペンでしっかり書き直した物だ。

あの古代人の場所には、特別大事にしてた厚みのあるシールを貼ってある。

僕はタケシに言った。

「いつか必ず、また3人でここへ行くんだ。だからそれまで、大事に持っといて」

僕も目からもポロポロ涙がこぼれた。もう我慢が出来なかった。

笑って見送るつもりだったのに。



タケシの両親が呼んでいる。

僕らは互いに手を取り合って、硬い握手を交わした。

「いつかお互いに夢を叶えて、そして必ずまた会おう」

僕は力強くみんなに言った。

2人ともしっかり頷いて、タケシは両親の待つ引っ越しトラックに向かって走って行った。


トラックが見えなくなっても、ケンジと僕はしばらくその場を動かなかった。




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