その先にあるもの
1
3人でライトを灯すと、真っ暗な洞窟に少しだけ勇気が持てそうになる。
「思ったより広いなあ」
ケンジはわざと元気に言った。
ピチョン!と音がしてタケシが「ヒッ!」と叫ぶ。
僕もビックリするからあまり叫ばないで欲しいんだけど。
「ビクビクすんなよ!上から水が落ちてるのさ。それよりちゃんと照らせよ!……足元にガイコツがあるかも知れないからな…」
ケンジがそっとタケシに近づいて囁いた。
「ヒッ!」
タケシはあわてて足元をあちこち照らす。
「可哀想な冗談やめろよ!」
ちょっと本気で怒鳴った。僕もこわいからだ。
「だーいじょーぶだって!いったいいつの話しだと思ってんだよ。壕として使われてたって、何十年も前だろ?それから資材置き場とかそういうのに使われてた事もあるって父ちゃんが言ってたもん」
「え?大人に話したの?」
僕はびっくりして訊き返した。
「行く、なんて言ってないぜ。このあたりに洞窟みたいのがあるかって話したら、お寺の裏山にはそういうのがあるって言ってたんだ。昔は農作物の保存に。最近じゃ建築資材置き場にも使われた事もあるってさ」
なんだかホッとした。
生活の一部として使われて、人の手が加わっているのと、全く誰も近寄らない悲しい戦後の遺産とでは全然違ってくる。
タケシも同じ様に感じたみたいで
「じゃあ早く奥まで見に行って帰ろうよ」と少し元気を出した。
お寺の裏山に他にも洞窟がある事も、作物や資材置き場に使われたのがそっちだということも、この時は全く知らなかった。
2
洞窟はすぐ行き止まりだと思っていたけど、実際はそうじゃなかった。そればかりか、いくつか別れ道になっていてそのたびに僕らは目印を置いてひとつひとつ確かめるしかなかった。
すぐ行き止まりのところもあったが、まるで部屋みたいになってる穴や、更に別れ道になってる所もあって、ケンジが持ってきた時計がお昼を差す頃には僕らはかなり疲れていた。
「ちょ、ちょっと休憩しようよ」
歩きながらずっとハアハア言ってるタケシが提案する。
「またかよ。全然進まねーじゃん」
確かに。ケンジが「またかよ」と言う気持ちは分かる。
洞窟に入って割と最初の別れ道でタケシは持ってきたお菓子を早速開けていた。暗闇で歩きながら開けたから、袋が破れてほとんど地面に散らばってしまった。
半べそかきながらそれを拾って食べようとするのを必死で2人で止めたんだった。
きっとタケシは今度こそ落ち着いて食べようとリベンジ休憩を言い出したのだろう。
僕はタケシが可哀想で、ここで少し助け舟を出すことにした。
「全然進んで無いことはないと思うよ。今まで調べた所で別れ道とか部屋とかかなり調べられたし。もしかしたら思ったより広いのかも知れないから、先を急いでも仕方ないかも」
「そうだよね!あっ、あそこに部屋みたいなのがある。平べったい石も転がってるからあそこを休憩所にしよう!」
お菓子を食べたいタケシはこの時ばかりは先頭に立って駆け出した。
「やれやれ」
ため息をついてるけど、ケンジも予想より広くて複雑な構造に疲れているに違いなかった。
またリュックから全部のお菓子を広げて、さあどれを食べようかとタケシがワクワクしていた時、
「あっ!」
とケンジがタケシの方を指差して声を上げた。
「もうっ!ビックリするからそういうのやめてって…」
ケンジは笑わずに、じっと指差した方を照らして見ている。
そこには、骨があった。
「ヒィッ!!」
タケシは体型には似合わない身のこなしで、お菓子も放っといてそこを離れた。
ケンジは、ずっとそこを照らしながら近づいていく。
相変わらずすごい勇気だと思いながら僕もその後に続いた。
2人分の明るい光でそれを照らす。
「…これ、骨だよな」
珍しく緊張した声色のケンジに
「うん…」と僕もつばを飲み込みながら答える。
少し大きめの骨。
人間の物なのか獣なのか分からない。
僕は辺りを照らしてギクッとした。
骨は一本じゃなかった。
大きいのから小さいの、細いのや太いのまで。
骨はそこら中に転がっていたのだ。
「なんだ…、ここ」
さすがにケンジも声が震えていた。
「まさかここが…壕、なのか?」
僕にも分からない。
でももしこれが人間の骨だとしたら、隠れ続けて息絶えた人達の亡骸かも知れない。
「タケシ。とりあえずお前、お菓子取ってこいよ」
平べったい石の所を照らしながらケンジが言う。
「い…いやだ、いやだいやだ!もうあそこに行きたくない!」
普段は大人しくて素直なタケシが頑として首を横に振る。
「だってアレお前んだろ。それに、みんなの食料なんだろ」
タケシは一瞬困った顔をして、それでもやっぱり黙って首をブンブン振った。
僕は落ち着いて、骨をよく調べてみた。
人間のあばら骨のような形を保った骨。僕はそれをよく照らしながら観察して「人間の骨じゃないよ」と言った。
「本当?本当に人間のじゃないの?!」
「ほんとかよ。何でそんな事分かるんだ?」
2人に説明するために僕はあばら骨の全体を照らした。
「あばら骨は人間そっくりだけど、動物の骨は大体同じ様な作りをしてるんだ。それに、背骨の先の方を見てみて」
僕は分かりやすい様にその部分をしっかり照らす。
「背骨の先っぽ。まるでしっぽみたいに長くなってる。人間にこんな骨は無い。よく見て」
2人とも言われた通りにその部位を見つめる。
そこに、人間には無い先端の細い骨が伸びている。
「それに、もしここで息絶えた人たちの骨だとしたら、頭蓋骨がないのは変じゃない?辺りを見回しても、ドクロの骨なんか一つも転がってない」
これこそ、僕が人間の骨じゃないと結論づけた証拠だ。2人に話すことで、僕はその推理に自信が持てた。
「…なるほど。確かにお前の言う通り、人の骨じゃなかったとして、肝心の頭はどこ言ったんだよ」
ケンジの疑問にタケシも怯えながら僕を見る。
「野犬とか、そういう野生の生き物は、獲物を仕留めるためにまず首をかむんだ。そうして動かなくしてから、自分たちの巣に持ち帰る。途中で落っことしたかも知れないけど、動物の頭の部分なんて食べるとこなんか殆どない。彼らが食料にするのは胴体とか足なんだから必要無いんだ」
僕の推理に、2人とも感心して頷いた。
「じゃあ良かった。な、タケシ。お菓子取ってこいよ」
今の話しを聞いても尻込みするタケシに僕は付け加えた。
「本当に、早くした方がいいよ。ここがまだ野生動物の巣だとしたら、いつまた戻って来るかも分からないから」
古そうな骨。そして餌を待つ子供の動物の姿が無いからそれはないとだろうとは思っていたけど。僕も急かす様に言った。ここに居ないだけでどこかにはいるかも知れない。
それに、早くここから離れたかった。
「わ、分かったよ…取ってくるから待っててよ!」
「僕も手伝うよ。みんなの食料なんだから」
タケシはホッとして一緒に平石の方へ歩き出した。
「タケシ!うしろ!」
「ヒッ!」
タケシは見たこともないぐらい飛び上がった。
ケタケタ笑うケンジに
「もう!やめろよ、そういうの!」と今度は僕が叱った。
「わるい…。そんな怒んなよ」
今まではリーダー的で言う事も聞かないケンジだったけど、さっきの推理で少し僕の事を見直したみたいだった。
お菓子を回収し終えたタケシが半べそをかきながら「ねぇ、今日はもう帰ろうよ」と言い出した。
ケンジは思った通り
「何言ってんだよ。これからいよいよ面白くなってきたんじゃんか」
と反論した。
まるで僕に意見を求める様に、2人とも僕の方を見る。僕は思った事を話した。
「僕も今日は、もう引き上げていいと思う」
ケンジはやっぱり ちぇーっという顔を、タケシはホッとした顔を見せた。
「理由は二つ。一つは、今日かなりこの洞窟の事が分かったのと、タイミングを見てまた来ればいいって事。もうひとつは…」
考え過ぎかも知れないので言うのをためらったけど、思い切って口にした。
「もうひとつは、ここにはまだ野犬とか危険な動物が戻って来るかも知れないって事。昼間はどこかに行ってるかも知れないけど、これだけ食べた後があるんだから、ここか、もっと奥がそいつらの棲家かも知れない」
危険な野生動物が夜行性なのかどうか僕には分からなかったけど、とにかくここに長く居てはいけない気がした。
「そうか。しょうがねーな。それに確かにお前の言う通り、また計画して来ればいいんだから。お前が歩きながら書いてくれた地図のおかげで、今度は無駄に歩かなくて済むもんな」
ケンジの同意にタケシも心からホッとしたようだった。
僕らは身の回りを整えて帰りの方向へと向かって歩き出した。
3
おかしい、いくらなんでもこんなに歩いてない。
分岐する所にはずっと目印をしておいた。間違えるはずはないのに。
僕らは見知らぬ洞窟の中で、じわじわと迫る恐怖を感じていた。
「やっぱあっちだったんじゃね〜のか?」「その地図本当に合ってんのかよ」と繰り返していたケンジも、今は無言で歩いている。懐中電灯も電池切れで、残り2本を大事に使っている。でも、それもいつまでもつか…。
不安なまま足を動かし続けてみんなヘトヘトだ。
やっと歩いてきた所もまた行き止まり。がっくりとして、無言で来た方へ引き返す。
「あっ!」
懐中電灯を持っていたタケシが大声を出した。彼は足元じゃなく、行き止まりの天井を照らしている。
「なんだよもう。仕返ししようったってオレには効かねーよ。それに、電池大事なんだからそんなとこ照らすなよ」
「これ…、見て」
タケシはそこから光も目も逸らさずに声を掛けてくる。
「ったく、なんだってんだよって…」
ケンジも上を見上げて止まる。何だか唖然としているようだ。僕は地図を照らしていた懐中電灯を持って2人の方へ近づく。そしてタケシと同じ様に天井を照らして見た。
「…なんだ、これ…」
天井に描かれているのは人と動物の様な絵。でも誰が描いたか分からない。そう、言ってみれば古代人が描いた様な絵だった。
よく見るとあちこちに見たことのない文字のような絵のようなもので何か書かれている。それらは全部手の届かない高い天井に、まるで掘られているようだった。いたずらにしては、手がこんでいる。
何も言えずひたすら3人で眺めていたら、懐中電灯の光がチラチラと瞬いてついに消えた。
「まずい!」
…これで、残るのは1本だけになった。
「とにかく、早くここから出よう」
「そ、そうだな。なぁお前の地図にココの場所がしっかり分かるようにしといてくれよ」
「分かった」
僕は地図のその部分を丸で囲んで、更に斜線を引いた。暗がりだけど後できちんと書き直そうと思った。
…後で。
生きて無事にここから出れたら。
1本だけの不安な電灯を頼りに、半分は直感で洞窟を戻る。戻っている、と信じながら。
タケシはもうずいぶん前からべそをかいてるけど、最初は叱りながら励ましてたケンジももう今は何も言わなくなった。
そのべそかきタケシが「…お菓子の匂いがする」
とつぶやく。
もう食べ物なんてとっくにない。飲み物でさえすこしずつ分け合って大事に飲んでいる。
僕ら2人はついにタケシが幻覚を見始めたのかと思った。
「こっちだ」
警察犬みたいに鼻をクンクンさせながらタケシはだんだんと足を速める。
「おい、やめろって!暗闇でそんな歩くと危ないぜ!」
幻覚に惑わされてるのかタケシはそんな声も聞こえないように迷わず進んでいく。僕らは仕方なくタケシを追いかけた。
「ほ、ほら、ほら!ここっ!」
やっと立ち止まったタケシが地面を指さしている。懐中電灯で照らすと、そこにはお菓子のくずが散らばっていた。
ここは確か、洞窟に入って割と最初の方の別れ道。タケシが大きな袋菓子をほとんどこぼしてしまった場所だ。
アリがどんどん運んでいるけど、大量にこぼれたスナック菓子はまだその場所にあった。
奇跡だ。
僕はケンジと目を合わせた。薄暗くてよく見えなかったけど、力強く頷いたケンジはきっと涙ぐんでたに違いなかった。僕がそうであるように。
「これまだ食べれるかなぁ…」
タケシがまた地面のお菓子に手を伸ばす。
「おいっ、やめろって!」
ケンジはタケシに駆け寄った。
「な、何だよ少しくらいいいじゃない!だっておなか空いたんだもん。一人占めしないから」
「いやそうじゃなくって…」
ケンジは思わずタケシを抱きしめた。
「…ありがとう、タケシ。お前の食いしん坊は命の恩人だ!」
タケシには訳が分かってない様だったが、僕も近寄ってタケシに言った。
「本当にありがとう。これで、洞窟から出られる…。家に帰れるよ!」
安心したせいで堪えていた涙が出てしまった。暗闇で良かったと初めて思った。
「ほんと?本当に帰れるの?!じゃ、じゃあこの土だらけのお菓子は食べなくて済むね!」
手をパンパンしてお菓子と土を払うタケシに、
僕とケンジは一瞬無言になり、それから大声で笑った。
きょとんとしてたタケシもつられるように、みんなで一緒に笑った。
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