未知の世界

          1


工事の場所を避けた裏通り。その途中に、山へと続く脇道がある。思ったとおり、防火水槽の看板よりずっと手前だ。不思議なくらい今まで全然気付かなかった。

「とりあえずはお前が先導してくれよ」

いつもはこういう時先頭に立って歩くケンジだけど、3人の中でこの道を知っているのは僕だけだ。

僕は珍しく任された大役に胸が躍る。と同時に、この探検隊を無事に導かなければという使命感に燃えていた。歩く足にも思わず力が入る。


「ね〜登り坂なんだからもうちょっとゆっくり歩いてよ〜」

登り出して早くも遅れをとったタケシが叫んだ。

「ったく。そんなバカでかいリュックなんか背負ってるからだよ」

ケンジが口をすぼめるが、僕は一旦止まってタケシを待った。

隊員のペースを考えるのも隊長の重要な役割だ。

「もう少し歩いたら下りの別れ道になるから。そこまで行ったら休憩しよう」

クネクネした道をタケシのペースに合わせながら、ゆっくりしっかりと足元を踏みしめる。

そしていよいよ、例の別れ道へと差し掛かった。



         2


「今日は強い風が吹くのう。こりゃ夕方の落ち葉掃除が大変そうじゃわい」

観音様に日課のお経をあげてから、和尚は中に吹き込んで来ない様にやれやれと木の戸を閉める。

寺の庭には時々突風が吹く。

その風にあおられて、灯籠に挟んであった紙が遠くに飛ばされた。



ちょっと早すぎる気もするけど、僕らは別れ道の所で休憩をとった。

タケシがいそいそとお菓子を取り出す。

「これがね〜ちょっと辛いけどクセになるやつ。こっちは、逆に濃厚って書いてあるミルクチョコ。あとゼリーの棒に、焼き鳥バーでしよ。それから…」

「おいおいここで全部出すなよ!」

まるで四次元ポケットのようにタケシのリュックから次々と出てくるお菓子の山にケンジが歯止めをかけた。

「え〜だってみんなが今どれを食べたいか分からないんだもん」

「だからってなぁ…。朝飯食って来たんだから今そんなに食えないぜ。飲み物だけくれよ」

「うん!いいよ!コーラとラムネとオレンジジュースと…」

「甘いもんはいいから!お茶とか水とか、ないの?」

タケシは口をとんがらせて「ない」と言い切った。

「ばっ…。お前ねぇ、遠足じゃないんだぞ。味付きのモンばっかり飲んだら逆に喉乾くぞ。しょうがねぇから俺の分けてやるよ」

ケンジが2リットル入りのでかい水筒を差し出す。

「いいよ!僕はこれがあるんだから」

タケシはブドウ味の濃ゆそうなジュースを美味しそうに飲みだした。

「はぁ~あ…。知らねぇぞ」

始まったばかりの冒険は早くもチグハグだ。

タケシはフンとばかりにお弁当まで食べだす。

歩いててお腹痛くならなきゃいいけど…。と僕は自分の経験からも思った。

「にしても今日は風強いな。天気予報は雨じゃなかったけど。まぁ洞窟に入るんだから雨でも関係ないか」

ケンジが上を見上げながら言った。

森の木々が風に吹かれてザワザワ―ッと音を立てる。その音に何となく不吉なものを感じる気がして、僕も上を見上げた。

高い木たちはユラユラ揺れながら、こっちへ来るなと手を振ってる様にも、こっちへおいでと手招いている様にも見えた。

タケシは風や木々よりもお弁当に夢中だ。

「さ、早く食えよ。食ったらすぐ出発するぞ、先は長いんだから」

「ちょ、ちょっと待っててよ。食べてすぐ動いたらお腹痛くなっちゃう」

これにはケンジだけじゃなく、僕も顔を見合わせて

「はぁ~あ…」と言った。



           3


洞窟の入り口には、和尚さんの言った通り、ロープが張り巡らされていた。

 こんなの、無かった。

タケシを不安にさせないように、僕はその事を黙っていた。

ロープには[立ち入り禁止]とか、[キケン。入るな!]とか書いた紙がぶら下がっている。

風にあおられてそれらがより存在感を出すように激しく揺れている。

不安にかられそうな僕の代弁をするみたいに、タケシが口を開いた。

「…や、やっぱりやめようよ。こんなにたくさんダメって書いてあるじゃない…」

弱気な言葉にケンジが反論する。

「あのな、ロープが張ってあるってことは誰も近づかないってことだよ。つまり見回りなんかもしない。ってことは、俺たちは誰か来る心配もせず自由に探検出来るってことさ」

僕はケンジの発想力に感心した。確かに、言われてみればもっともだ。

でも誰も近づかないのは、僕らの探検をより危険にさらすことでもある。

「あれ?」

ロープを見ていたタケシが声を上げた。

「なんだ。今度はどうした」

すでにやや諦めた様にケンジがタケシの見ているものに近づく。

その紙を見て、僕もぎょっとした。

「これ…、お札(ふだ)じゃない…?」

その紙だけ真新しそうに白く、何かわからない文字のようなものが赤色で書かれていた。

「ふん…。だからどうしたってんだよ」

ケンジはちょっと眉を上げて気にしてない様な顔をする。

「だからどうしたって、お札だよ?マズいよこんなの!絶対入らない方がいいって!」

「お前ねえ、お札なんて神社にもお寺にも貼ってあるだろ。あれはそこが呪われるから貼ってあるのか?違うだろ。何でもかんでも怖いものに結びつけようとするから怖いんだよ」

ケンジの言葉には、彼の心の中の不安が含まれている様にも思えた。タケシは別に " 呪い ” とか " 怖い ”なんて口にはしてない。

さすがの彼もちょっと怯えたに違いなかった。

僕は、たぶん彼よりも怯えていた。

 やめるなら今だ。

心の中で何かが警告する様に囁く。

やっぱりやめようか、と言おうとした時

「いくぜ」

と言ってケンジがロープをくぐった。

なんだか勇ましくて格好いい。

僕も思い切って、なんとなく息を止めながらくぐって入った。

「あっ!もう!こんなところに独りにしないでよ!」

タケシはもうヤケクソ気味にロープをくぐる。跨げないから這いつくばる様にして一番下からくぐり抜けた。

「よしっ!こっからが本番だ。じゃあ、行くぞ!」

僕もタケシもゴクッとのどを鳴らして奥へ進む。

ケンジが、実は逃げ出したいのをこらえてわざと大声を出した事は知らなかった。

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