探検隊結成
1
家に帰るには引き返すよりこっちの方が近いので、僕はお寺の正面に回り込んだ。
石の階段を降りようとしたとき、
「これ、坊や。今どこから出て来た?」
と声をかけられた。
袈裟を着てほうきを持った和尚さんが立っている。
僕は裏の方を指さして
「あっちの林の道」と答えた。
和尚さんは
「あんな所に入っちゃいかん。立て札にもそう書いてあるじゃろうに」とため息をついた。
立て札?何のことだろ。
僕は和尚さんに連れられてまた裏側の林の方へ向かった。
「あ!」
そこには〝キケン!立ち入り禁止〟と書かれた札が確かに立ててあった。
「ごめんなさい。僕、反対側から登って来たから…」
僕の言葉に、和尚さんは「?」という顔をして、
「反対側なぞ無いはずじゃがの。ここは昔の壕に繋がる道じゃ」と答えた。
――壕。
そう聞いて僕は、学校で習った「防空壕」の事を思い出した。
昔の戦時中、人々が逃れるために作った洞穴。僕はひんやりとしたあの穴の入り口を思い出して、何だかゾワッとした。
「壕には入らんかったじゃろうな?あそこは古〜いご先人様方の無念が眠っておられる場所じゃ。むやみに近づいてはならんぞ」
僕の足が少しすくみ出した。
「はい。暗くてよく見えなくて、入りませんでした」それは本当の事だ。
和尚さんは少しホッとした様な顔をした。
「柵を建てとったんじゃが、この間の台風でやられての。今はロープで遮っておるんじゃ。まぁ入らんで良かったわい」
…ロープなんて、無かった。
僕が見たときはポッカリと穴が口を開けていた。まるで、来たものを飲み込もうとしてるかの様だった……。
「ごめんなさいっ。お邪魔しました」
僕はお寺の階段を少し震える足であわてて駆け下りた。
2
「スゲーッ!面白そうじゃん!」
昨日見つけた小道、そしてその途中の多分〝壕〟と思われる洞穴の話しを聞いて、ケンジはワクワクしながら言った。
「行ってみよーぜ!今度は俺たち3人で!」
「そ、そんなのこわいよ。昔の人の魂が眠ってるんでしょ?その人たちが、化けて出てきたら…。呪われちゃうかも知れないよ?」
いつもの様に気が小さいタケシの言葉に、今回は僕も賛成だった。
まさかケンジが行くって言い出すなんて。
話さなければ良かったと後悔した。
「何言ってんだ。ピラミッドだって古墳だって昔の人の墓なんだぜ?色んな人が観光で入ってるけど『呪われた』なんて話、聞いた事あるか?」
観光で入れる場所は大丈夫だろう、と僕は思った。問題は、誰も近づく事が許されない場所。ピラミッドにも古墳にも、そういう場所があるんじゃ無いかと僕は思っている。
「言い出しっぺでなんだけど、僕はあそこには近寄らない方がいいと思うんだ」
タケシも大きくウンウンと頷く。
「何言ってんだ。誰も近寄らないから新しい発見があるんじゃないか。お前、そんな事言ってるといつまでたっても冒険家なんかにはなれっこないぜ。みんな最初は、生きて帰れないかも知れないって覚悟しながら狭い洞窟とか這ってでも探検したんじゃないか」
確かに。ケンジの言うことももっともだ。
這いつくばったり沼に潜ったりしながら、その先にある誰も見たことのない綺麗な場所を、テレビで紹介してるのを観たことがある。
あの人達はみんな、そこにそれがあるなんて知らずに、もしかしたら出られなくなるかも知れないのに、冒険心で潜入したんだ。きっと、空振りに終わった事もたくさんあっただろう。
「分かった。行くよ」
タケシが「えぇ~っ」と声を上げる。
「別にお前は来なくてもいいんだぜ。何か発見したら俺たち二人のなまえが残るだけだからな」
…何も発見出来ないかも知れないし、本当に呪われるかも知れないのに。今のケンジは僕より冒険家らしかった。
そしてそれを、カッコいいなと思った。
「よし。みんなで行こう。今度の日曜日。場所はいつもの公園で集合。明かりになるもの、おやつ、万が一のために防犯ブザーを持って。3人で出かけよう」
タケシは表情を曇らせたけど、「分かったよ。行くよ…」
と最後は折れてくれた。
僕らはいつも一緒。
一人仲間はずれにされるのは、タケシも本当は嫌に違いなかった。
「で、でも…。お、大人には一応知らせておいた方がい、いいんじゃないかな?」
「バカだなぁお前。そんな事聞いたらみんなダメって言うに決まってんじゃんか。誰にも内緒で、俺たちだけで行くんだよ」
えぇ~っ、とタケシがまた哀れな顔をする。
僕はどうしようかまよっていた。
誰にも知られずに、もしも何かあったら…。入って崖くずれにでも遭って、閉じ込められたら…。
きっと発見されるまでに時間がかかって、僕らは無事じやいられないかも知れない。
でもケンジの言う通り、大人になんか話したら絶対に止められるだろう。始まる前から、僕らの冒険は終わってしまう。
「僕、ちょっと考えてみるよ」
タケシに向かって声をかけた。
「ほんと?本当に頼むよ」
僕もタケシと同じ様に、不安が無いわけじゃない。
でもケンジと同じで、誰も見たことの無いものを初めて僕らが発見したい。
何も無いかも知れないけど、行ったことの無い所に行くのが冒険なんだ。
僕らは考えられる装備をそれぞれ話し合って、次の日曜日に集合する事を約束した。
3
「お前そんなに持ってきてどうすんだよっ」
ケンジが苦笑いしながらタケシに言った。
タケシはリュックいっぱいに、お菓子や飲み物、更には大きめの弁当箱まで入れていたのだ。
これにはさすがに僕も呆れと笑いが止まらなかった。
「だ、だってうんと深い洞窟だったら大変じゃないか。ちゃんとみんなの分も考えて持って来たんだよ!」
タケシの優しさに、また彼が少し好きになる。
「ありがとう。これだけあればもしも長く閉じ込められてもしばらく大丈夫そうだよ」
思わず言った僕の言葉にタケシがおびえた顔を見せた。
「閉じ込められるって?閉じ込められちゃうかも知れないの?!」
僕は彼を落ち着かせるために
「もしも、だよ。そんなに深く無いかもしれないし。余ったら全部タケシが持って帰っていいから」
と言ってなだめた。
タケシは少しホッとして、余ったら全部自分の物という夢の様な言葉に、喜びと希望が持てたようだ。
「と、ところで、僕たちがもしも危なくなったら誰か助けに来てくれるの?その方法、思いついてくれた?」
「大丈夫。もしも僕らが長く帰って来なかったらちゃんと分かるようにして来たよ」
これはかなり考えた。
誰にも言わず、それでいて誰かに気づいてもらう方法。
僕はお寺の和尚さんが毎日庭を掃いてるのを思い出した。
朝夕2回。毎日欠かさずやっている。朝はすごく早い時間から。夕方は日が落ちる前。
僕はお寺の庭にある石の灯籠にメモを書いた紙を挟んで置いた。
夕方、和尚さんが庭掃除を始める時間までにもしも僕らが帰って来なかったら、きっとその紙に気づいてくれるだろう。もちろんそんなに長く洞窟に入っているつもりはないから、出て来たら見つかる前にあれを回収すればいい。
我ながらグッドアイデアだと思った。
ケンジが持ち物の入ったバッグをゴソゴソして、取り出した物を頭にかぶる。そして「カチッ」とスイッチを入れた。
「わあ〜っ」
それは頭に巻いて使えるライトだった。
「ひひ~ん、いいだろ?父ちゃんが前に納屋の片付けをする時に買ったやつ。最近は全然使ってないから、ちょっと借りてきた」
いかにも冒険家らしく見えて少しうらやましかった。僕は念の為に懐中電灯とライトを2本。それから何かのためにとマッチを持ってきている。
タケシが「しまった!」という顔をしたので「僕のライト貸してあげるよ」と彼に一本預けた。
ケンジが呆れた様に「はぁ~あ…」とため息をつく。
「いいんだ。助け合うのも冒険には大切だよ。タケシだって僕らの分までお菓子を持って来てくれたんだから」
やれやれという感じで両手を挙げて見せるケンジと「ありがと」と小声で伝えるタケシ。
チグハグな探検隊は、あの洞窟に向かって第一歩を踏み出した。
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