最初の発見

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今日、学級活動で将来の夢を作文にして発表する授業があった。

僕は迷いもなく夢中で書き出す。

「僕の将来の夢」

それは冒険家になること。

誰も行ったことのない場所で、誰も見たことのない新しい物を発見したりして。

でもそれよりも、とにかく自分がまだ見たことのない世界をこの目で見ること。それが一番楽しい。




「タケシは何て書いたんだよ?」

学校の帰り道、ケンジがタケシに尋ねた。

タケシは少し照れくさそうに

「た、タレント…」と小声で言った。

ケンジは指をさして大笑いした。

「タレント〜?!お前それならもっと痩せなきゃだめだろ!そんなズングリして。お笑い芸人の方がよっぽど似合ってるぜ」

タケシは下唇を突き出して俯く。

僕は我慢出来なくてケンジに大声を出した。

「人の夢笑うなよ!大人になるまでまだいっぱい時間があるんだし、それに、太ってるタレントが居たっていいじゃないか!」

僕は普段は大人しい。だからケンジはちょっとびっくりしたみたいだった。

でもすぐいつもの顔に戻って

「おれ、太ってるってそんなハッキリ言ってないぜ?やっぱお前もそう思ってんじゃんか」

と言った。

僕はその言葉にハッとしたけど、

「い、言ってなくても言ったのと同じだよ!さっきのは!」

と言い返した。

「そういうお前は何て書いたんだよ」

「うっ…」

僕は思わずためらった。

僕の夢だって、子供じみてて笑われるかも知れない。

だけど、僕は今の自分に、正直に打ち明けた。

「ぼ…僕は、冒険家だ!」

二人とも黙っている。

僕は続けて言った。

「誰も見たことのない場所で、誰も見つけたことの無いものを、僕が発見するんだ。もし発見できなくても、色んな世界をこの目で見たいんだ!」

タケシはともかく、ケンジはまた笑うかも知れない、と僕は覚悟した。

「へぇ…。カッコいいな」

ケンジは意外な反応をした。

「俺、"サッカー選手”って書いたけど、その前に、冒険もしてみたいな。サッカー選手になったらもう冒険なんて出来ないもんな」

まるでもう自分の未来が決まっているみたいに話すけど、(未来は誰にも分からないよ)と僕は心の中で思っていた。

でもそれを口には出さなかった。

ケンジの夢を壊すような気がしたし、だって本当に未来は分からないんだから。

もしかしたら満員のスタジアムで、彼は本当にボールを追いかけてるかも知れない。


僕は、この3人みんなの夢が叶うといいなと心からそう思った。



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僕ら3人は保育園の時から一緒だ。家が割と近所ということもあるけど、何故か3人とも一緒にいることが多い。

ケンジは昔からスポーツが得意で行動力がある。小学生になってからは年々女の子からのバレンタインが増えている気がする。

タケシは体は大きいけど気が小さい。でも優しい性格の彼が僕は好きだ。

僕はといえば。良くも悪くも普通だ。

「冴えない」っていう言葉を最近知ったけど、まさに僕の事なんじゃないかと思う。


こんなチグハグな3人だけど、なぜかいつも一緒に居る。

でも、この3人で居るときが僕は一番落ち着く。そりゃたまにはケンカする時もあるけど、だいたいその日の内か、次の日にはケロッとして一緒に居る。

きっと一生の友達だろうなと、まだ小学三年生の僕は早くもそう思っている。

というより、一生の友達で居たい。そう望んでいた。



二人と別れて通学路を歩いていたら、いつもの道は工場で通れなくなっていた。最近はこのあたりも道路や建物がどんどん変わっていく。

違う道を通る時は学校に言わなきゃいけないんだけど、今日は知らなかったから仕方ない。それに、別の道は山の中を歩くから大して危なくもないはずだ。

僕は馴染みの裏山を通って帰ることにした。



森のなかの一本道。

ここは昔から変わらなくて、いつも安心する。

たくさん道路が出来ても、この裏山だけはそっとしといて欲しいなと僕は思う。小さい時から歩いたり遊んだりする、僕の大事な場所だから。


一本道を登っている時、少し違和感を感じた。こんなにクネクネと長かったっけ?

そういえば、馴染みの一本道の側には目印の〝防火水槽〟の標識があるのに、小道に入る時そんなものは無かった気がする。他に小道があるなんて考えもしなかったから、自然と登って来たのだけど。

それに、見慣れない別れ道に行きついた。一本道よりもうんと古くて、長いこと使われて無いような感じだ。

引き返そうかとも思ったけれど、新しい道を発見出来るかも知れないと思い、僕の中の冒険心が足をそっちの方角に向けさせた。



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まるでしばらく誰も通らなかったみたいに、その小道は葉っぱや枝が無造作に落ちてる。うっそうと生い茂る木も、他の林に比べてちょっと違う気がした。

何だか別世界に踏み入れてしまった様な不安にかられて、僕は何度も振り返りながら前へ歩いた。

大丈夫。僕が来た道は消えたりせず、ずっとそこに残っている。

僕は不安をかき消すように歌いながら歩いた。

(ダメだダメだ。冒険家がこんなにビクビクしてちゃ)

大きめの枝でクモの巣を払いながら、何か出たらそれで闘おうと思っていた。

何も出ませんようにと祈りながら。


小道はまた別れ道になっていて、まっすぐに進む方と右へ下る方に続いている。

何となく、下り道は道路に出てしまうんじゃないかと思った。それはそれで安心するけど、冒険の半分が終わる様で残念な気持ちにもなる。

念のため別れ道のところに大きめの石を目印に置いて、僕はひとまず下りの道を確かめに降りていった。


道路に出るどころか、そこは行き止まりだった。でも、ただの行き止まりじゃない。

見上げるほどの崖に、ぽっかりと穴が空いている。人が立ったまま歩いて入れるような大きさだ。どこまで続いてるのか分からないけど、中をのぞき込んでも真っ暗で何も分からない。

そこだけ少し空気がひんやりしてる様な気がして、僕は思わずつばを飲み込んだ。

冒険心は先へ進みたがっている。でも心の奥の臆病神がこの先へは行くなと言っている。

 焦ることはない。懐中電灯を持って、またこ

 こへ来ればいいんだ。

今日のところは、僕は臆病神の忠告に従うことにした。

どうせ入っても何も見えないだろう。それに、意外と寸止まりで実は木材とか工事の材料とかが置いてあるだけかも知れない。未知の場所は、意外とそういうものだったりするもんだ。

僕は自分に言い聞かせて来た道を戻った。



別れ道に置いた石はそのままになっている。僕はもう一本の、まっすぐ続いている方へ向かった。


こっちは意外とあっけなかった。よく知っているお寺の裏山へ出たのだ。だけどこのお寺の裏にこんな道があるなんて今まで知らなかった。

新たな発見をした様で、僕はひとまず満足だった。


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