1411 理に適った交渉

 親父さんとの話が上手く進展し、漸く、前向きに検討してくれる運びに成った……までは良かったのだが。

その話を横で聞いていた沙那ちゃんが、この話に拒絶の意を表す。


なので、このピンチに一瞬は焦る倉津君だったが、なにやら対応策を思いついたらしく……


***


「だよな。親父さんと離れて暮らすのなんて嫌だよな」

「うん。嫌だ。絶対に嫌だ」

「じゃあな、沙那ちゃん」

「うん?」

「親父さんの工房が、この地域に有ったら、少しはマッシだと思えるか?」

「えっ?どういう事?」

「う~~~んとなぁ。親父さんが、他の地域に仕事で行っても、此処に工房が有ったら、必ず、沙那ちゃんの所に帰って来るだろ。それだったら、安心出来るかって話だ」


確か、ウチの近所に。

2年ぐらい前に購入した、ウチ所有の誰も使ってないボロイ空き家が有るんだよな。

糞親父も、税金対策に買っただけだから、全く手付かずのまま完全に放置されてるだけの状態に成ってはいるんだが。

あの家を上手く使えば安上がりで、親子の繋がりである工房を、この地域に作ってやる事が出来るんじゃないかな?と思ってな。


それになにより。

最初、俺が提案していた『うちで預かる』って方向より、こっちの方が親父さんも安心出来るんじゃないかなぁとも思ってな。


まぁ……ウチの糞親父のアホンダラァが。

家賃収入が入ったら、税金が、どうとか、こうとか細かい事をぬかしやがるだろうけど……そこについては、偶には人の役に立て。


普段、世間様には迷惑しか掛けてないんだから、こんな時ぐらい役に立て。



「えぇっと」

「くっ、倉津さん。流石に、そこまでして頂く訳には」

「あぁ、いやいやいやいや、勿論、無料って訳じゃないッスよ。3万ぐらいの格安にはしますが、家賃は、ちゃんと頂きますよ」

「さっ、3万って」

「いや、ホント、ウチとしてもッスね。余ってる物件なんで、誰かが入ってくれると非常に有り難いんッスよ。それを無理を言って入居して貰うんだから、3万ぐらいにするのが筋ってもんでしょ。……それに、そこ、ヤクザの本家が近くなだけに、入居希望者が、誰もいませんしね。困ってるんッスよ」


ダメッスかね?


流石に家賃を1万とか調子の良い事を言ったら。

糞親父にブン殴られかねないッスから、そこまで露骨な値引きは出来無いッスけど。


もし3万で良かったら、それで妥協して下さい。


そんで、家が気に入って頂ければ。

そこをブランド発祥の地にするって方向も考えてみて下さいな。


そうすりゃ、俺なりの地域貢献も出来ますから。


上手くいけば一挙両得なんッスけどね。


この提案で、マジでダメッスかね?



「ねぇ、ねぇ、おにぃちゃん。お父さん、ちゃんと帰って来てくれるかなぁ?」

「そりゃあ帰って来てくれるさ。そこが沙那ちゃんと、親父さんの新しい家に成るんだからな」

「そっかぁ。でも、沙那一人ぼっちは嫌だよ」

「あぁ、そこは心配しなくても、俺が近所に居るから、いつでも遊びに来れば良い。いや、毎日、俺の方から、学校でなにがあったか、聞きに行くよ」

「ホント?お父さん帰って来るし、おにぃちゃん遊んでくれる?沙那、一人ぼっちじゃない?」

「あぁ、勿論だ。それにな。それでも不安だったら、ウチに泊まりに来れば良いじゃんか。家には俺の妹が居るから、そこで泊まれば安心だろ」


もぉ実は【無名】のライブが始まってるから、こう言う話を続けてるのは、本当に失礼なんだがな。


折角、このチャンスに恵まれたんだから。

この子の持っている不安要素を、今の内に全部カットして行こうって思う。


勿論……親父さんの不安要素も含めてな。



「ホント?おねぇちゃんも居るの?」

「あぁ、きっとアイツも、沙那ちゃんの事を気に入ると思うぞ」

「そっか。沙那は、お父さんが居ない間も一人ぼっちじゃないんだ。……だったら、お父さん」

「ちょっとだけ待ちなさい、沙那」

「えっ?うっ、うん」


理由だな。


なんで赤の他人に、そこまでするのかの理由だな。



「倉津さん」

「理由ッスよね」

「そうですね。お話は有り難いんですが。私なんかでは、倉津さんに、何故、そこまでして頂けるのか、理由がサッパリ」

「そうッスか。まぁ、何度も繰り返し言ってる話なんッスけど。俺にとっちゃあ、知り合いは、全員家族も同然なんッスよ。だから、此処まで、お節介な真似をしたまでの事ッス」

「矢張り、本気だったんですね」


確認ッスね。


まぁでも、その確認したい気持ちは良くわかりますよ。

普通に考えたら、ほぼ無償で、こう言う提案をしてくるのってキモイし、なにより胡散臭いッスもんね。


その気持ち、よくわかります。


けど……



「そうッスよ。それにッスね」

「それに?」

「親父さんは、俺に最高の楽器を提供してくれました。だから俺も、出来る限り良い環境を親父さんに提供したいだけなんッスよ。そんな訳なんで、ホント、これってただのGIVE&TAKE。それだけの話なんッスよ」


これ本心。


沙那ちゃんが、ちゃんと学校に行けて。

親父さんが、沙那ちゃんの事を悩まずに仕事に専念出来て、良い楽器が生まれる。


それでいて放浪生活をせずにいられる、お互いが帰る家がある。


俺は、これが、橘親子にとってベストな環境だと思う。


だから、それを可能に出来る環境を持ってる俺が、それを提供する。

ただ、それだけの事なんだがな。



「そうですか。……俄かには信じられない夢の様な話ですが。倉津さんは、嘘、偽りなく、そう思っておられるのですね?」

「そうッスね。嘘も偽りも言ってないッスよ」

「なら、厚かましい話ですが。……お借りして、宜しいでしょうか?沙那も、それで良いか?」

「うん。少し寂しくなるけど、おにぃちゃんが居るなら」


……マジで?

ヤクザの息子で、ロクデナシの俺なんかの事を信用してくれるんッスか?


親友や、彼女や。

その上、姉弟にまで裏切られた間抜けな、こんな俺を信用してくれるんッスか?


もし、そうなら、また新しい関係が構築出来た事に成る……こんなに嬉しい事はねぇよ。


なんだろう?

すげぇ『満たされた気分』だ。


人に信用されるって、こんなにも嬉しい事なんだな。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【後書き】

最後までお付き合い下さり、誠にありがとうございますです♪<(_ _)>


やりました!!

倉津君、やりましたよ!!

親父さんも沙那ちゃんもキッチリ納得させた上で、交渉を成立させましたよ!!


特に今回は、崇秀や奈緒さんや眞子と決別しているだけに『誰の力も借りずに1人で頑張っていた』ので、これは称賛に価する行為だと思いますです♪


まぁ言うて、まだまだやる事は山積みではあるんですがね(笑)


さてさて、そんな中。

この交渉が成立した喜びを、倉津君は、親父さん達に、どの様に表現するのか?


次回は、その辺を書いて行こうと思いますので。

良かったら、また遊びに来て下さいねぇ~~~(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾


いつもみたいに殴公が罵倒してこないだと……(;゚Д゚)←不安に成ってる(笑)

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