1396 最高水準のフルオーダー品は、お幾ら?

 色々と困った性格の親父さんだが。

ビルダーとしての腕は、倉津君も心の中で超絶賛する程の完成度だった!!


そして感想を求められた倉津君は……


***


「あぁ、いや、沙那ちゃんの言う通り、弾き易くも、良い音を出してくれる、本当に良いベースだと思うッスよ。作りも丁寧だし、是非、一台欲しいもんッスね」


これはお世辞や忖度抜きにして、真面目にそう思った。

これ程の一品は、早々にお目に掛かれる様な代物じゃないからな。


寧ろ、手放しで欲しいわ。



「そうですか。……ですが、なにか気に成った点は有りませんかね?違和感とかを感じた部分は無かったですか?」

「いや、ベース自体には、ホント文句の付け様が無いッスけど。敢えて……敢えて一点だけ言えば、本体と比べて、ネックの音の馴染みが、やや弱い感じは受けましたね」

「あぁ、矢張り、そうですか。倉津さんも、そう感じられましたか」

「……って言うと?」

「あぁ、いえ。これ自体はですね。50年初頭に切り出されたヴィンテージの木を使用して制作したベースなんですがね。私が編み出した『ある手法』で、普通の物より楽器に音が馴染み易くなる様に作り上げてあるんですよ。ですが。ネックの方が、まだその手法が上手く馴染んでおらず。どうにも少々違和感が出てしまう感じなんですよ」


ほぉ……そんな真似が出来るんだな。


……にしても、なんで本体とネックで、それだけの差が出るんだろうな?

連結してる部分だから、同じ様になりそうなもんなんだけどな。


その辺は違うんだな。



「そうなんッスか?まぁ、俺なんかじゃ、その辺の事はよく解らねぇんッスけど。そんなに差が出るものなんッスか?」

「まぁ」


なんか言葉を濁したな。


……って事は。



「あぁ、いやいや、別に製法を聞き出そうとか、そんな思惑はないッスよ。大事な企業秘密だろうし」

「あぁ、いや。話自体は、そんな大層なものじゃないんですがね。古い木を一枚のまま、ピックアップの取り付け場所を決定させ、一機だけ取り付け。そこから音を流し。木を乾かして、音の流れを、本体に馴染ませてるだけの話なんですよ」


うん?どういうこっちゃ?



「それって……」

「あぁっと、解り易く言うとですね。木が古くて渇いてるだけじゃ、簡単には良い音は出ないんですよ。その際に、音の通る空洞を上手く作ってやらないと、ただ古いだけの弦楽器に成っちゃうだけなんですよ」

「ほぉほぉ。じゃあ、それを作為的に使い込まれた楽器にしたって事ッスか?」

「そう言う事です」

「ほぉ、スゲェッスね。けど、そんな事って、簡単に出来るもんなんッスか?」


言うに易しじゃね?


まぁ、良い音が出てるだけに、なにかしろの方法が有るんだろうけど。

さっきの理屈だけじゃあ、簡単には通らない様な気がするんだけどなぁ。



「あぁ、いや、まぁ少々期間は掛かるんですがね。依頼を受ける前から、24時間、毎日の様に、付属したピックアップから、直接音を出し続ければ、数年で良い音の出る道筋が出来るんですよ」

「へっ?まっ、まっ、毎日24時間?」

「あぁ、はい。最近では、パソコンなんて便利な物が有りますからね。そこから、直接ピックアップにさえ通せば、24時間流しっ放しにする事は可能ですね」

「マジっすか?」

「そうですね。それで、お客様からのオーダーを受けてから、木型を切り出せば。早くから良い音が出せますし。そう言うのを求めて、お客様もフルオーダーをされる訳ですから。作り手も、そう言う認識で楽器を作るものだと思っております。……ただ有名なビルダーが作るだけでは、フルオーダーとは言えませんからね」


かぁ……生粋の楽器馬鹿だけあって、スゲェ拘りがあるんだな。

お客のニーズに合った乾き具合や、音の通り道を考えるフルオーダーなんて聞いた事もねぇや。


けど、そうなると疑問だな。



「なるほど。そりゃあスゲェや。……けど、だったら、なんでこの『Jazz Bass』を作ったんッスか?」

「いや、実に面目の無い話なんですが。製作途中で依頼主が亡くなってしまってですね。ベースの行く宛てが無くなってしまったんですよ」


なるほど。


それで、俺に買えと。



「そう言う事ッスか」

「そうなんですよ。あぁ、ただ、変に誤解しないで下さいね。私は、倉津さんにベースを売り付け様って訳じゃないんですよ。ただ、ベースの完成度が気になって……」


ブッ!!マジか、この親父さんだけは!!

少しはそんな邪な気持ちがあるのかと思いきや、そんなものは微塵もない様子!!


いやはや、何所までも職人気質な親父さんだな。


此処に来て商売っ気無しの……性能を確かめたかっただけなんて言い出すとは思わなかったぞ。



「そっ、そうなんッスか?」

「勿論ですよ。楽器なんてモノは、ビルダーが強制的に売り付ける物では有りませんからね。相手に欲しいと思って頂いて、初めて商売として成立するもの。なにがあっても、強制するのだけはいけません。私は押し売りではありませんからね」


あぁ、この人、絶対に人生を損してるタイプの人だな。


こりゃあ沙那ちゃんも、相当、金銭的な苦労を強いられてるんだろうな。


なら……



「あの、因みにッスけど。これって、幾ら位のもんなんッスか?」

「値段ですか?」

「そうッス」

「そうですねぇ。依頼主の提示金額は60万だったんですが。まぁ行く宛ても無くなったベースですし。ウチは、ブランド名も通ってない無名ブランドですからね。まぁ精々30万って所ですかね」


ブッ!!嘘だろ!!

こんなに丹精込めて作った完成度の高いベースが、依頼者が亡くなったってのが原因に成って、行く宛てを失っただけで半額の30万で売るだと!!


どんな金銭感覚してんだよ!!


フルオーダー品って普通に依頼したら、もっと高い物なのによぉ。



「いや、あの、本当に30万なんッスか?」

「あぁ、そうですね。まぁ、買い手も居りませんので、もぅ少し値下げするべきですかね?」

「いやいやいやいや、そうじゃなくて!!あの、じゃあ、俺が買いますんで、是非、このベースを売って下さい」

「へっ?……いやいやいやいや、ダメですよ。私は、買って貰う為に、倉津さんに弾いて貰った訳ではありませんから。お気持ちは嬉しいですが、その様な真似をして頂く訳にはいきませんよ」


親父さん、滅茶苦茶真顔で言ってるって事は。

マジで、そう言う腹具合で、この話を持ち掛けたんじゃねぇんだな。


本気で『試し弾き』をして欲しかっただけなんだな。


はぁ……此処まで来たら、本当にスゲェな。



「あの、俺じゃあ、ダメッスかね?俺なんかじゃあ売るに値しないッスかね?」

「へっ?いやいやいやいや、とんでもないですよ。私なんかが作ったベースを、倉津さんに弾いて頂けただけただけでも光栄な事なのに。その上、ご購入まで考慮頂くなんて身に余る光栄ですよ。……ですが」

「ですが?なにか問題でも?金銭的な話ッスか?」


まぁ、ガキだからな。

そう見られても、おかしくはねぇわな。



「あぁ、いえ。金銭的な問題ではなくてですね。買って頂ける理由が……今、倉津さんが、お使いの『Fender USA American Deluxe Jazz Bass Fletless』は、私の作ったベースなんかより、かなり出来の良い商品だと思うのですが。それに、このベースは、フレットレスじゃ有りませんしね」


ソッチ?


そこを気にしてくれてたのか?



「あぁ、いや、確かに、これ自体はフレットレスではないッスけど。それを踏まえた上でも、親父さんの作ったベースが凄く気に入ったんッスよ。それにッスね」

「それに?」

「いや、それにですね。以前に使ってた『Fender USA American Deluxe Jazz Bass Fletless』は、諸事情があって、もぉ今後は使う気がないんッスよ。だから、丁度、新調しようと思ってた所に、この話だったんで」


あの女が絡んでたベースなんぞ、もぉ触りたくもねぇし、ライブでも使いたくもねぇ。


……とは言え、物に罪が有る訳じゃないし。

今まで一緒にライブで戦って来てくれたベースでもある訳だから、なにも粗悪に扱う気はねぇけどな。


ただ、今回の件があっただけに……流石に使い続けるのはなぁ。


だから、今後、沙那ちゃんとの約束も有るから音楽は辞めねぇけど。

あれは家の蔵の中にでも放り込んで、強く『封印』するつもりだったんだよな。



「では、試し弾きをして頂いた上で、本気で、ご購入を考えて頂けたと」

「勿論ッスよ。これ程の一品、中々お目に掛かれませんから、是非とも即金で買わせて貰いたいッス」


いや、本当に、これは良い機会だわ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【後書き】

最後までお付き合い下さり、誠にありがとうございますです♪<(_ _)>


親父さん、ただの欲望に忠実なだけに人間ではなかったみたいですね♪

どちらかと言えば、ビルダーとしても、商売人としての矜持を持って居る様な人ですし。


まぁただ、そうは言いましても。

そう言った部分での誠実さを持っているだけに、自営業をしても、あまり儲けられるタイプの人間ではないのかもしれませんがね。


さてさて、そんな中。

例の奈緒さんの件を含めて、今回、親父さんからベースを買おうとしている訳なんですが。


親父さんは納得した上で、倉津君にベースを売ってくれるのか?


次回は、その辺を書いて行こうと思いますので。

良かったら、また遊びに来て下さいねぇ~~~(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾


【ちょっと追記】

本編中で倉津君が【フルオーダー品は高い】っと言うセリフを言っていましたが。

メーカーによっては、そこまで高くないフルオーダー品なんかもありますし。

ある程度、本体や、ネックの型が決まっている中で注文をし、ピックアップなど自分好みにカスタムする【セミオーダー】なんて言うのもございますので、それを選択する事によって安く上げる事も可能です。


……っで、そんな中にあって60万は、そこそこに高額。

まぁ、実際は何百万って高額な金額を平気でかけるミュージシャンもいますので、それをフルオーダーの楽器を対象にしたのが、今回の倉津君の言葉だと理解して頂ければありがたいです。


言い訳終わり(笑)

(*'ω'*)b

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