第3話【占星魔法少女リオン】前編

「新たな魔法少女の存在が確認されました」

 ニュースで10人目の魔法少女に関する報道がなされている。異常存在者イグジストが車道を高速で移動している所を魔法少女がワープで追いかけている場面をビルの上から撮影した映像が流れる。

異常存在者イグジストの方もっと見せてくんねーかな…」

 残念なことにどの映像も魔法少女にピントが合わせられていて、相手の方はほとんど鮮明に写っていなかった。仕方がないのでおれ、【星浦ほしうら福獅ふくし】は怪物が現れたときのSNSの投稿を遡り、画像やできれば映像を収集する。


「動物のラテアートねえ…、伸びしろヤバそうだし、早めに倒さなかったら厄介なことになってただろうね…。にしても、典型的な定住タイプっぽかったのになんで外でド派手に追いかけっこしてんだ…?」


 世間は魔法少女の方に関心を寄せているが、そもそも全ての始まりは2027年7月13日、オーストラリアの砂漠に異常存在者イグジストが出現したことなのである。

 後追いで人類に味方をしてくれる魔法少女が現れたことでそちらが主軸のように語られることも多くなったが、自然法則に反した存在であることは敵も味方も変わらない上に、過去の発言や行動パターンなどの状況証拠から異常存在者イグジストと戦うために現れた存在であることは明らかだ。

 それが今では魔法少女が戦ったという情報はいち早く発信されるのに対し、敵対存在の目的についての考察などは殆どなくなってしまった。メディアが飽き性なのは昔から変わらないが、最近では国すらも12年前から続く怪物騒ぎの全てを正体不明の魔法少女に丸投げする始末だ。


 勿論、異常存在者イグジストが人類にとって危険な存在なのは理解している。魔法少女が対処した方が良いという意見には賛成だが、大元の原因への関心が薄れていくのは良くないのではないか、という危機感が脳裏にちらつく。

 おれはまだ13歳の中学生だ、と言っても、春休みなので実際に通ったことがあるわけではないが。社会に対する影響力なんて無いに等しい。敵が現れる度に同じようなことを考えるが、結局は頭の中で答えが出ないまま誰にも話さず自分一人で議論を終わらせてしまうのがオチだった。


「今日の12星座占い、一位はさそり座のあなた!」

「お、久しぶりに一位来た!」

 おれは11月17日生まれ、つまり今日の運勢は最高だ。

 こうしてニュースを見ながら優雅に朝ご飯のトーストを食べることが毎朝のルーティーンなのだ。


「いつまで食べてるの?手で持ってるだけじゃ栄養にならないからね。」

 母親に急かされる。朝の皿洗いはいつも任せている立場なので、逆らうなんて烏滸おこがましいことはできなかった。

「ごちそーさまでした!」


 おれは異次元からやってくる異常存在者イグジスト達のことが気になる。人間の活動を脅かす異次元の怪物エネミーという定義に収まらないものがあると思っている。

 そもそも、彼らがあまり他の存在と関わろうとしない性分のせいで忘れられがちだが、やろうと思えば意思の疎通だってできるのだ。少なくとも、全く話の通じない害獣ではない。

 誰でも情報を広め受け取ることができるこの時代においては、一般人でも知ることができる情報の量も膨大だ。だからおれはあえて、すでに多くの人間が調べている魔法少女ではなく、彼らについてできる限り情報を集めようと考えた。研究を始めて8年、異常存在者イグジストに関しては専門家と三日三晩徹夜で語り合い続けられる自信すらある。


 今日はいつもよりもわくわくしている。なぜなら、新しい魔法少女の戦い方が今までの事例と一線を画しているからだ。これまでの魔法少女は、初戦闘と思われる戦いにおいても、敵を倒すまでの工程に移動を挟みたがらない傾向にあった。

 異常存在者イグジストの特徴の一つとして、出現した場所を中心に周囲の環境を描き換えるという性質がある。自分色に染め上げたエリアの中ならまだしも、その外に自ら飛び出すようなことは好まない。

 魔法少女が期待される大きな理由として、彼ら異常存在者の周囲にできた描き換えられた空間の中に普通の人間が入ると精神に異常をきたしてしまうが、魔法少女にはその制約が無いという側面がある。

 なので、相手が一定の場所にとどまっていることを逆に利用して倒す、という戦法も多用されている印象があったのだ。しかし、セオリーから外れた型にはまらない存在が現れた。これすら魔法少女の戦略なのか、もしくは、不吉な出来事の前触れなのか…。


 そんなわけで、軽くスキップをしながら階段を登り、自室のドアを開ける。

 するとそこには、地球儀を使い受肉する直前の、異常存在者イグジストがいた。

 周囲にオーラのようにエネルギーがまとわりつき、緯度尺地球儀の球体部分に縦についているフレームの方が回転しながら、宙に浮かんでいた。

 彼はおれにインド洋を向けながら、テレパシーを送ってきた。


(おい、お前!何しに来た!)

「あなたにインタビューしに来ました!」


 話しかけられたらそれに応じる。ごく普通のことだ。おれはただ自分の部屋に来ただけなので、今言ったことは正しいとは言えないかもしれない。でも、目の前に興味の対象があり、しかもこちらとコンタクトを取ってきたのだ。一次情報をできる限り搾り取る必要がある。チャンスを逃すわけには行かないのだ。


(え…、は?いや、今さっきこの世界を侵略しようと取り憑いたばっか…)

「なるほど、侵略ですかー。やっぱりおれの仮説は間違ってなかったんだ…!」

 本棚にしまってあるルーズリーフとファイルを取り出す。ここに今まで集めた情報やそれに対する考察がつまっている。小学生の好奇心を舐めるなよ。

(な、何なんだそれは!)

「あなた達の研究成果ですよー。」

(研究?われらを調べているというのか?)

「そーなんですよ!だからあなたの方から話しかけてくれて、感激なんですっ!」

(お前、怖くないのか?われらは人間よりも強い魂を持っているはず…。)

「まだ、子供なんで。怖いってより知りたいって方が強いです。」

(子供、なるほどな…?)


 会話ができている。奇跡としか言いようがないだろう。

 いや、待てよ?さっきのセリフ…


「そういえば、さっき我らって言ってましたけど、仲間がいるんですか?」

(ああ、勿論いるぞ。まあ、全員がそうではないがな。)


 意外だ。おれのデータから考えると基本的に個人主義で他者と協力するなどと考えるようには見えなかったが。

 新たな情報が追加されていく。これは、もう少し掘り下げる必要がありそうだ。


「俺、もっとあなた達のこと知りたいです!だから、その…」

(ま、待て!これ以上はダメだ。我が何のためにこの世界に来たと思っている!)

「侵略ですよね?だけど、やっぱりあなたがたは大多数の人間が思っているようなただの悪い怪物じゃないって思ってます。」

(いや、いいやつはそもそもこっちには来ようともしないが?)

「そうじゃなくって、いきなり現れた話の通じない凶暴な怪物みたいに扱われてて、現れたら駆除するのサイクルを繰り返すばっかじゃないですか?でも、これは無限に湧いてくる怪生物を根絶しようとする害獣駆除じゃなくて、大量にやってくる別の世界の住人との戦争なんじゃないかって思っているんです。だから、その、なんて言えばいいかわかんないけど、とにかく、認識を改めたうえで戦うべきなんじゃないかって…。だから、もっと知りたいんです。そのために、おれに時間をください!本当に少しだけでいいです。質問に答えてくれればそれだけで。おれは満足なんで、好きにして大丈夫です。あ!あと、おれが死んだらここの本棚のファイルは全世界に公表して、そしたら異常存在者イグジスト研究に大きく寄与したとして死後に評価されるかもしれないから残しといてほしいです!」

(お前かなり我儘わがままというか妄想が激しいな…。発想がわれら寄りというか…。)

「本当ですか?!やっぱ根っこの精神性は大差ないんだなー。」

(いやお前がおかしい。)

「よく言われます。」


 やはり感性の部分は人間と重なるところが多いということか。


(はあ…)


 テレパシーでため息をつかれてしまった。そんな器用なことも可能なのか…!


(とりあえず落ち着け。まさかここまで我の強い人間がいるとは。話が違うぞ…。)

「じゃあ質問に答えてくれるんですか!」

(少しだけだぞ!お前を満足させたらわれは完全に実体化しこの家に自我領域エクメーネを広げ支配する。そうなったとき、お前とその家族の精神はわれ色に染まり、元の自分ではいられなくなるだろう…。そして、未来永劫この地に存在し続けるのだ!)

 説明セリフをありがとう。なるほど、彼らの侵略とは、自分だけの世界を作って居座ることらしい。質問したかったことの半分が解決したのだった。


「じゃあ、なんでこの世界、というか次元に来るんですか?あなた達が元いた場所って、どういう所なんですか?」

(そりゃ決まっているだろう。我らは肉がほしいのだ。)

「肉?食事なんてまだ確認されてなかったはず…」

(そういうことじゃない。肉体だ。物質の!われらの世界には存在しないからな。自分だけの身体を持っているお前達のように、こちらの世界で身体を手に入れる必要があるのだ。あと、われらに食事は必要ない!)

「あーはいはいそっちかー。」

(おい、さっきまでと話し方がちがくないか!?)

「あ、すみません!会ったばっかりの人には敬語なんですけど、すぐ忘れちゃうというか、でも、この際友達ってことで!」

(馬鹿か。そういう奴がわれら最大の天敵だ。)

「そうなんですか?!」

(まあ、お前はわれと近いものを感じるから別に嫌いではないが…)

「え!どういったところが、…ですか?!」

(どこ、と言われると…、そうだな……、なん…となく…?)

「何となく?おれはこうやって話せてる時点で結構気が合う方なんだと思いますけど?」

(そういうものか?)

「会ったばっかなのにお互いの会話の波長的なのが割と多分掴めてる的な…」

(随分抽象的だな!)

「ほら、こうやってツッコんでくれるの結構ありがたいですよ。」

(感謝するな!ほら、質問の続きを…)


 まさかこんな時間を過ごせるとは。占いもまだまだ捨てたもんじゃないと思えた。

 時計を見ると、部屋に入ってから10分も経っていなかったようで、本当に一定の速度を保ち続けているのか疑問に思うくらいには精神の時間が引き伸ばされていた。それだけ濃密な経験を得ることができたということの証明だ。


「いや、もう大丈夫です。会話できることが証明されたから、おれ達は避難の準備しないといけないんで。ありがとうございました!」

(ちょっと待て!お前ドライすぎるだろ!)

「いやだって、そういう約束だったじゃないですか?」

(それはそうだが、友達になったんだったらもっとほらあるだろなんか!)

「そう言われても…おれにとって友達って全部一緒ってわけじゃなくて全く違う考え持ってても一緒にいるとき楽しいかどうかで見てるから…。」

(急に哲学するな、何が言いたい。)

「つまり、敵同士でもこうして話してて楽しかったらそれは俺から見たら友達だし、でも友達だからってやりたいこと遠慮する必要なんてないし、要するにおれの友達の基準が緩すぎるってことです。」

(よくわからん。が、われはお前が思っているよりもお前と気が合うと思うぞ。だから、計画変更だ!お前、契約する気はないか?)

「契約って、何のですか?」

われを魔法少女にする契約だ!)


つづく


地球儀ちきゅうぎ異常存在者イグジスト


全長サイズ/不明

重量ウェイト/不明

実体核ヨリシロ/思い出の地球儀

侵略実績レベル/無し


 星浦福獅が小学校入学記念に両親にもらった地球儀に宿った感情を利用して誕生するはずだった異常存在者イグジスト

 もしも実体化していたら、地球儀の力を使って一定の範囲内を支配することが出来るだろう。

 他の異常存在者イグジストと異なり、ある程度他イグジストの存在に寛容で、何者かに勧められて星浦家の2階にやってきた。

 当初は人間のことを物質世界にいる邪魔な魂(害獣や害虫のような扱い)だと聞かされていたが、星浦と出会ったことで認識を改め、特殊な契約を持ちかけた。

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