第2話【ラテアート】の表現力

 家から現場まで全力で走り続け、到着した頃にはわたしパートナーもへとへとになっていた。魔法少女となって得られるのは魔法であって体力ではないという現実を突きつけられた。

 敵は駅のすぐそばにあり、人通りの多いこのカフェに現れた。床は黒、白、茶色の液体でビショビショになっており、足のツボを刺激するどころか刺傷ができそうなほど鋭利な割れた食器で敷き詰められている。店の奥にその怪物は居座っていて、なぎ倒されたお洒落な机や椅子が城壁のように奴を囲んでいる。生まれたばかりにもかかわらず、その空間は完全に怪物のものとなっていた。


 ひとまず相手を観察する。一本脚タイプの丸いテーブルの上に分厚いコースターとマグカップが乗っかったような見た目で、マグカップの中は液体ではなく何故か液晶画面がピッタリはめ込まれていて、モノクロの渦巻きが表示されている。コースターとマグカップを合わせるとそのシルエットは一眼レフカメラのようにも見え、どうやらこの部分が頭部のようだ。


 どうする?建物の中じゃ戦いづらくないか?


 加賀美仲由にテレパシーで質問される。完全に契約を結んだ今、空気の振動音声言語視覚情報ジェスチャーに頼らずとも互いに直接会話をすることができる。

 自分が使える魔法を想像イメージする。わたしは一体どのような戦い方ができるのだろう。頭の中に漠然とした影絵のような映像が浮かぶ。その中でわたしは何やら四角い物体を召喚していた。盾だろうか?

 何事も物は試しだ。とりあえず一般人である私の妖精パートナーを守れるように設置してみる。


 何か、出てきてください!


 こう念じながらイメージを形にする。結果、現れたのは巨大な鏡だった。光が反射してスポットライトのように敵を照らした。相手は首のような部位を曲げて渦巻きをこちらに向け、じわじわと単眼の映像へと切り替える。見つかってしまったようだ。まずい。


(何だぁ?その変なファッション〜。そんなんじゃバズれないよぉ?)

 頭の中に声が響いた。どうやらパートナーにも聞こえていたらしく、

「そんな風に言うんだ…」

と、急に話しかけられた衝撃と二人で考えたデザインをバカにされたことへの悲しみが混じり合い、複雑な感情を抱いているようだ。


 液晶画面がまたゆっくりと切り替わる。だんだん輪郭がはっきりしてくる。あれは、熊?いや、白黒モノクロ映像で白く表示されているならシロクマだろう。

 完全に切り替わると、今度はその映像が今までにないパターンで乱れる。するとどうだろう。シロクマの頭が画面から飛び出してこちらを威嚇してきたではないか。どうやらあのマグカップのようなカメラのような器官に映したものを実体化させることができるらしい。

 あの怪物が次に実体化させたのは、アルパカの頭だった。いや、アルパカにしては毛のボリューム感が足りないような…、などと考えていると突然、こちらに向けて唾を何発も吐いてきた。すかさず鏡に身を隠す。周囲を確認すると、店内の布製のものが一部とけてしまっていた。あの唾は強酸性らしい。遠距離攻撃の手段も持ち合わせているとは、ますます相手の能力の底が見えない。

 観察に徹するために、盾代わりにしていた鏡を引っ込め、今度は相手が鏡越しに映るように召喚しなおした。


 観察すること1分、しびれを切らした相手が熊の手を実体化させて、床に落ちていたマグカップの破片を投げつけてきた。鏡にヒビが入ってしまったので、再び引っ込め、同じ場所に召喚しなおす。リセットが可能なのはありがたいが、何回も続けるというのは流石に憂鬱だ。相手の方も怪我をしたのか、再び熊の手を生み出している途中だった。

 それにしても、本当にわたしの能力はこれ鏡の召喚だけなのだろうか。私達の心の奥深くまで潜るように瞑想する。すると、ある映像が浮かんだ。


 ねえ、えっと、加賀美かがみくん?だっけ!

 えっ、急にどうしたの?

 わたし、無敵かも!


 早速、真の魔法を開放してみた。その瞬間、床に散乱していた飲み物や食器、そして積み上げられた机椅子が一斉に怪物に降り掛かった。相手は怯んだのか、熊の手の実体化が解け、液晶画面が大いに乱れていた。

 わたしが召喚した鏡に写っている範囲内で意思が希薄な物体を全て思いのままに操ることができる、これこそが私の真の能力魔法だったのだ。これなら有効なダメージを与えられる。しかし、相手はナマケモノの爪を伸ばして鏡を攻撃し始めた。全力を出していなかったのは相手も同じなようだ。私は無敵ではなかったようだ。


 分かってきた気がする…。

 不意にパートナーが話しかけてきたので、すかさず返事をする。

 本当ですか?

 加賀美かがみくんは続ける。


 奴の能力の基になってる物をずっと考えてたんだが、あれは多分ラテアートだ。

 ラテアート…、て何ですか?

 ラテアートってのは、コーヒーの上にミルクを注いで絵を描いたやつのことだ。このカフェは動物のラテアートが売りらしいし、間違いないと思う。

 なるほどです!でも、ますます無敵じゃないですか!

 いや、弱点ならある。さっき物を投げたとき、形を保てなくなったように見えたんだ。だから、マグカップから飛び出してる部分はそこまで頑丈じゃないかもって思うんだ。あと、もう一度攻撃してくるまでに若干タイムラグがあったでしょ?あれがもし、ラテアートを作り直す作業の時間だとしたら、向こうよりも先に攻撃し続けたら、相手は何もできないんじゃないかって…

 じゃあ、あの部分を狙い続ければいいんですね!!


 早速、攻撃しようとする瞬間にガラス片を当ててみた。それから15分経った。結論から言うと、作戦は大成功だった。今のところ、私達わたしたちも鏡もあれから無傷でいる。


(さっきからぁ地味ぃな嫌がらせぇしてぇ、恥ずかしくないのぉ〜?)

「そっちが派手に戦おうとしないからでしょ!!」

 あえて大声で反論する。隣の魔法少女マニアマイパートナーも首を縦にふっている。引きこもっているのはそっちの方だ。

(はぁ〜。服のセンスだけじゃなく心の奥底までダッサイねぇ〜。そりゃぁ価値観がぁ合わないわけだわぁ。魔法少女なんかになるような少女趣味のバカとはよぉ〜!)

「おい!それは聞き捨てならないぞ!」

 魔法少女を侮辱したことで彼の地雷を踏んでしまったようだ。まあ、その情熱を見込んで妖精パートナーに選んだのだが。


「そりゃ確かに、魔法少女の服装は世間でも賛否分かれてるっていうか…、まあ、擁護派の意見もほとんどは『俺は好きだよ』とか『個性的でかわいいじゃん』とかだし…、真っ当にマトモとは言えないかもしれないけど、でも!魔法少女は頑張って戦ってるし、すごい存在だってことに関してはみんな認めてるんだよ!それを心がダサいとか、そんなわけ無いだろ!?」


 できることなら100%反論してほしかった…。すかさず加賀美かがみくんからテレパシーでフォローが入る。


 勿論、クロの衣装もぼくは好きだよ!


 やかましいわ。

 おっと、思わず敬語が外れてしまった。でも、キャラデザの責任の半分は彼が持っていると言っても過言ではないので、この場合のツッコミは正当な権利だと思った。


(も〜。やってらんないよぉ〜。じゃぁねぇ〜。)

 あの怪物はどうやら逃げるつもりらしい。ここは一気に仕掛けたほうが良いかも知れない。そう思い、動きを封じようとした瞬間、急に体勢を変えてきた。脚が傾き、倒れ込んできたのだ。マグカップ部分から飛び出してきたのは、ペンギンの頭部だった。

 一体何をするつもりなのか。すると、次の瞬間、ミサイルのような勢いで店から飛び出し、巧みな身体操作で車道を爆走し始めた。加賀美くんが慌てた様子で語りかけてくる。


 あれは、トボガンなのか!?それにしては速すぎるし、第一アスファルトだぞ!?


 だが、私自身も慌てている。このままでは逃げられてしまう。咄嗟に奥の交差点に鏡を召喚しなおす。だが、この勢いだと1分もしないうちにぶつかってしまうだろう。あのスピードに鋭い嘴が合わされば、やられるのはまず間違いなく鏡のほうだろう。

 頭をフル回転させるが、焦って状況を整理できない。一旦落ち着かないと、そう思っていたら、左腕に装着していた腕時計ヨリシロが目に入った。これは、なにかに使えるのではないか?自分でもわからない何かを期待して、とにかく強く念じた。


 すると、時計の針が止まると同時に、世界が静かになった。

 時間が止まったのだ。


 この状況は使えると判断し、冷静になるために深呼吸をする。しかし、できなかった。自分自身の時間も止まっていたのだ。しかし、頭がすっきりしていく感覚はある。これなら客観的に俯瞰することができるかも知れない。


 なにこれ!全然動けないんだけど?!


 わたしと心がつながっているからか、彼もこの状況を知覚しているらしい。一度、私が時を止めたことなど、情報を共有する。


 なるほど、杖魔法ウェポンマジックか…。

 杖魔法ウェポンマジック、ですか?

 ああ、人間は魔法少女の使う魔法を2種類に分類してて、あの鏡みたいに本人を介して発動するのを固有魔法オリジナルマジックって呼んでて、今みたいにアイテムを使って発動するのを杖魔法ウェポンマジックって言うんだ。今思えば、今までの魔法少女達が使ってたアイテムも依代よりしろだったのかな。

 じゃあわたしが腕時計を選んだから時間を操れたってことですか?

 多分、そうだと思う。


 だとしたらわたしは宝探しに向いているのかもしれない。


 その後も、話し合いをしながらゆっくり作戦を立てた。地味な戦い方の魔法少女という評価はあながち間違っていないかもと、一瞬だけ思ってしまった。


 作戦がまとまったので、再び時を動かす。そして私は交差点に置いていた鏡を回収し、別の場所に設置した。そしてわたしは、瞬間移動をした。

 先ほどわたしは、鏡に写ったものの中で意思の希薄なものを思い通りにできる、と説明したが、これには一つだけ例外が存在する。それは何を隠そうわたし自身だ。自分自身が見えるように鏡を置けば、その中では本当に無敵になれるのだ。なので正面に召喚して瞬間移動することを繰り返してアイツに追いつこうというわけだ。

 案の定、距離はどんどん縮まっていく。相手が予想外の動きをしてきたときも、その都度時間を止めてイメージトレーニングをし準備をしておくことでなんとか着いていくことができた。

 もう少しで追いつきそうという距離まで来ると、最後の仕上げとして、斜め前方の空中に鏡を召喚する。そのまま瞬間移動をすれば、勿論空中に投げ出される。だが、まだわたしの姿が映っているのだ。空中で体勢を整えると、鏡を回収する。身体が一瞬だけ落ちるが、すかさず再召喚する。今度は斜め45°で固定し、その上に着地する。地面を見て、目標をアイツに定める。もう一度足元を見る。全身から力が湧き出す。


 次の瞬間、私はロケットになった。高速で滑空する。しかし、私は絶対に目標ターゲットから目を離さなかった。

 相手は変わらず逃げ続ける。此方こちらのことなど見えていないようだった。微調整用に、自身よりも少し下方に鏡を召喚する。一瞬だけその景色を見る。わたしは空中で一回転し、相手に向けて足を伸ばす。


 魔法少女キーーーーックッ!!!!


 目一杯叫ぶ。相手はやっとこちらを向いた。避けようとするが、私のほうがスピードは上だった。ダメ押しで奥に鏡を召喚する。私がバッチリ映っている上に、こちらを向いたことで減速してしまった身体をどっしりと受け止めた。我ながら最高のシチュエーションだと思う。更にパワーが増えたわたしを止められるものなど、この瞬間には一つもなかった。


 怪物の身体が粉々になり、中からあのカフェの皿、マグカップ、そこから放り出されてこぼれたカフェラテが現れた。


 次の日、私達わたしたちの活躍が広まって、日本各地のあらゆる媒体で報道されていた。あの日からわたしは、確かに魔法少女の一人として記録に残されたのだ。


つづく


ラテアートラテアート異常存在者イグジスト


全長サイズ/210cm

重量ウェイト/132kg

実体核ヨリシロ/看板メニューのラテアート

侵略実績レベル/☆


 駅前のカフェの名物であるラテアートに宿った人間の感情を利用して誕生した異常存在者イグジスト

 マグカップ型液晶画面【ブレインピクチャ】に画像や映像を投影し実体化させることでその能力を使うことができる。本人のイメージ次第でどんなものも形にすることができるが、複雑なものであればあるほど実体化までの時間が伸びてしまう。

 自分が最高に映える存在であることに誇りを持っており、逆に自分以外のあらゆる存在を醜くダサいものとして見下している。

 強酸性の胃液を吐くときにイメージしたのは、アルパカではなくリャマである。

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