魔法少女の妖精係

如月 一

第1話【鏡裏魔法少女クロ】

わたしを魔法少女にしてください!)

 ぼく、【加賀美かがみ仲由なかよし】の頭の中に直接この言葉が響いた。

 目の前には今さっき修理してもらったばかりの腕時計が地面から1mほどで浮遊している。角度によって時々太陽光を反射するせいか、普段よりもキラキラと輝いて見えた。

「え、えっと…、詳しく説明してほしいんだけど…」

 驚きのあまり頭が真っ白になりながらも今何が起きているのかを知るためになんとか質問を返すことができた。


 魔法少女とは、どの組織にも属さず己の魔法で人類を脅かす怪物と立ち向かう存在であり、同時に怪物との戦闘以外の姿が一切目撃されていないという謎多き存在でもある。彼女たちの戦いの歴史は今からおよそ10年前、2029年2月9日から始まる。


 12年前のある日を境に地球上のいたるところで奴等怪物が現れ、それぞれの地域の警察や軍隊が交戦したが、討伐数は全体の3割にも満たなかった。もちろんこの国もそうだったし、特別異常存在対策局怪物を撃退・研究する組織も設立され、今でも各地で出現し続ける怪物と戦っている。しかしあの日、僕が生まれたときからずっと住み続けているこの街で、記念すべき最初の魔法少女である【月虹げっこう魔法少女ルナ】が鮮烈なデビューを果たしたのだ。

 彼女はシルクのように輝く光の橋の上を高速で移動するという普通の人間にはない特殊能力固有魔法を持っていた。その戦い方はとても綺麗で、どの場面を切り取ってもヘレニズム彫刻の題材に選ばれそうな洗練された動きだと感じた。あの場面に遭遇したとき、恐怖よりも感動のほうが強く脳に刻まれた。

 今では地道に活動してきたことで魔法少女の存在も全世界に知られることとなり、全世界で9人の魔法少女が戦い、【月虹げっこう魔法少女ルナ】自身も今でもかつてと変わらない姿で怪物退治に勤しんでいる。

 魔法少女による怪物の討伐率は6割強。それでも特異対特別異常存在対策局が対応するより遥かに成果を上げているので、国も正体不明の彼女たちに期待を寄せている。彼女たちを応援する人も多く、自分もその一人だからこそ、彼女目の前の腕時計には聞きたいことがたくさんある。


「え、えっと…、詳しく説明してほしいんだけど…」

(あ、そうですよね!いきなり過ぎてわかんないですよね!)

「あの、魔法少女になりたいって…、何者なんですか?」

(私ですか!?私は!先輩に!!憧れているんです!!!)

 相手は興奮しているようで、こちらの質問の意図を汲み取る余裕がなさそうに思えた。今ここで答えを出す気にはなれなかった。


 まずは落ち着かせた後で話を聞いて、それから決断しよう。そう思って答えを保留にしたまま2週間が経ち、今、僕は自室でこっそり彼女と話をしている。彼女はぼくの質問にスラスラと答え、事あるごとに協力を持ちかけてきた。

 彼女の話によると、魔法少女の正体は異次元から来たエネルギー生命体であるらしく、今の彼女は話しかけるために僕のお気に入りの腕時計に取り憑いている状態だそうだ。魔法少女とは、妖精パートナーと呼ばれる人間の魂を通じて一時的に実体を得て物質世界僕達の次元で戦っている時の姿らしい。となると、変身前が確認されていないことや、現代の科学では再現不可能な魔法を使えることにも辻褄が合う。

 今では彼女の言っていることを信用していいと思っている。この2週間、ひたすら会話をしてきたが、嘘をついたり、騙して利用しようとしたり、というようには見えなかった。

 もしも此方僕達の次元でやりたいことがあるならその魔法で既に好き勝手暴れていることだろう。にも関わらず、僕の質問には誠実に答えてくれたし、そこまでしてぼくを利用してやりたい裏の目的も思いつかなかったし、何よりもひたすらに正面からまっすぐ説得を試みる彼女のことを嫌いたくはなかった。

 魔法少女の正体は斜め上すぎて受け入れるのに時間はかかったが、逆に今までの魔法少女達の姿こそが隠し事のない真の姿だと思うと、ますます彼女たちを応援したくなってくる。

 だから、今から最後の質問をして、協力するかどうかを決断する。


「ねえ、そもそも…」

「うわあ!」

 誰かの悲鳴が聞こえる。スマホに緊急速報の通知が来た。どうやら近くで怪物が現れたらしい。

(今すぐわたしを魔法少女にしてください!)

「その前に、まだ聞いてなかったことがあるんだけど、なんで魔法少女になりたいの?」

(えっ?!理由ですか?それは勿論…)


(かっこいいからです!!!やっぱり、魔法少女ってすごいじゃないですか!あんなのずっと見てたらそりゃ憧れますよそりゃあ!なれるならなってみたいって思うでしょ!!人間たちもみんな応援してますし!誰かの記憶に残るって素晴らしいことじゃないですか!!魔法少女になって、活躍して、ありがとうって言われたいんですっ!!!)


 答えは決まった。ぼくも魔法少女が大好きだ。格好よくて、可愛くて、何よりも地元発のヒーローであることが誇りだった。そんなぼくが魔法少女の力になれるなんて夢のようだ。不純な動機だと思う人もいるかも知れない。けれど、ぼくはむしろ何者かになりたいという願いを叶えることで社会がより良くなるかもしれないなら、喜んで協力したいと思った。

きみを魔法少女にするためにぼくは何をすればいい?」

(待ってました!簡単なことです!!心を一つにするんです!!!)

「一つに?」

(はい!わたしとあなたは魂の色が似ているんです!だから!うまくいくはずなんです!)

 そう言われると、魔法少女に対する情熱は似ているかもしれない。彼女が僕を選んだ理由がはっきり感じられた。


 互いの心を一つにする。難しい作業のように思っていたが、もともと想いが似ていたからか、すぐに彼女の魂とつながっていく。

 彼女の心が入り込んでくるにつれて、彼女の記憶らしき情報も流れ込んできた。彼女が今まで語ってきた内容に嘘がないことも再確認できた。


 あの、早速なんですけど、名前を一緒に考えてくれませんか?


 彼女が直接語りかけてくる。名前を知らされていないと思ったら、そもそも存在していなかったようだ。名前、名前…。


 どういった名前で呼ばれたい?


 名前の雰囲気は重要だ。呼ばれるときの空気感から逆算して名付ければ、長く使える名前になるだろうと思い、質問してみる。


 やっぱり、違和感のない可愛い系ですかねぇ〜


 可愛い系、可愛い系…、可愛い響き…、腕時計、時計、チクタク、チック?いや、どこかしっくりこない…、クロック、クロッ…、待てよ?


 クロックの"クロ"ってのはどうかな?


 クロ、ありですね!


 じゃあ、魔法少女クロで決定かな?


 こうして、クロという名前に決まった。


 じゃあ、次は…


 と、このような調子で、様々なことを決めていった。いわば魔法少女のキャラクリエイトだ。衣装のコンセプトや決め技なども脳内で相談していった。といっても、ほとんどが直感で決められていったので、自分たちで考えたと言うよりも、心の中から神様が道案内をしてくれているような感覚だったが。

 これらの作業は15分ほどで終わった。既に活動している魔法少女達のパートナーがどんな人なのか、どのような経緯で魔法少女を生み出す手伝いをしたのか興味が湧いてきた。


 すべての工程を終わらせると、腕時計からエネルギーが溢れ出し、オーラのように淡く輝きはじめた。その光は徐々に強まり、やがて部屋をLEDライトの明かりすらも飲み込んでしまいそうなくらいに眩しく照らした。光の中では一体何が起きているのだろう。


 その頃、わたしは魔法少女の姿に変身しようとしていたのだが、変身にかかる時間は0.5秒ほどだったので、彼が認識することのできない領域だったようだ。

 まず、わたしのこちらの次元への架け橋となっている金属質な腕時計が、形はそのままに文字盤の部分が鏡に、それ以外は所々にビビットピンクのハートの装飾が施されたマゼンタの可愛らしいデザインへと変化する。

 次に、その腕時計を身に着けている自分を想像する。大まかな容姿は加賀美仲由の心と融合する過程でイメージできたので、後は形にするだけだ。

 髪の毛は桜色で低めのツインテールとなっている。毛先が斜め後方に広がり、正面からも視認できるような形に変わる。

 胴体は全体的にパステルブルーの色合いである。下半身は動きやすさを考え丈の短いスカートに変化し、上半身はタイトな白いインナーの上にパステルブルーのカーディガンを羽織る。袖にフリルが付いているのがポイントだ。前をボタンの代わりに紐で留める。下から上へ、靴紐のようにがっちりと蝶結びする。衣装の中ではこの部分と腕のみ左右非対称となる。

 靴は白の面積が多めの厚底のブーツになり、靴下は膝下までのハイソックス。最後に、右手首にフリル付きのリストバンドが装着される。

 変身が完了すると、目の前に一瞬だけ鏡が現れる。自分の姿が映る。思わず笑顔になってしまう。覚悟を決めて、気合を入れる。鏡に映る自分の顔が、まばたきの前後で様変わりする。

 ようやくなれた魔法少女なのだ。こうして実際に変身したことで、精神体だけでは感じることのできなかった感覚物質の重みが伝わってくる。これから過酷な戦いが待ち受けているのだが、今のわたしの心は恐怖よりも感動の方が強く感じられた。


 光が止むと、そこには魔法少女がいた。怪物は現れてから既に10分経過しているようだ。そういえば、魔法少女が戦っているとき、妖精パートナーはどこで何をしてるのだろう。

「さあ、早く行きましょう!助けを求める人々の元へ!」

 ぼくの場合は勿論、近くで彼女の活躍を見届けるに決まっている。近くで魔法少女が現れたときは近づけるギリギリの場所まで赴き戦いをこの目に焼き付けていたが、今回からはこれまで以上に危険になるだろう。それでも、僕達私達なら大丈夫だと勇気が湧いた。


つづく


鏡裏きょうり魔法少女まほうしょうじょクロ】


身長ハイト/162cm

体重ウェイト/58kg

妖精パートナー加賀美かがみ仲由なかよし

魔法杖ヨリシロ/腕時計

契約日バースデー/2039年4月4日


 魔法少女マニアの中学生・加賀美仲由が持つ魔法少女への憧憬しょうけいと共感して実体化した魔法少女。

 最大4㎡の特殊な鏡をどこにでも召喚することができる固有魔法オリジナルマジック【ホープミラー】を持ち、その鏡の中の世界を自分の思い通りに操り、現実に投影することができるが、鏡に写っておらず、自分から見えていない領域は効果の範囲外となる。

 また、魔法杖ヨリシロの腕時計の竜頭を引き自分と妖精パートナーの精神以外の全ての時間を静止させ、文字盤を操作し鏡の中の世界で流れる時間を操る杖魔法ウェポンマジック【クロックロック】を使用することもできる。

 決め技は止まった時間の中で熟考した最高の未来を鏡に写し出し実現させる【アイラブミー】である。

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魔法少女の妖精係 如月 一 @kisaragi-hajime

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