十二
山林に崩れ焼けた城跡が物寂しく風を吹き渡らせてある。
簡素に組まれた祭壇を前に、黒衣の僧が佇んである。
面を隠す黒絹の頭巾に黒の法衣は、氏政である。
供養の壇を前に在る氏政より下がり、待つ一団の中に家康はいた。
翌朝、山中の城跡である。
北条を護る支城であった山中は、他の城と同じく激しい抵抗に寸毫も残さず燃え尽くした。
その最期は、断末魔の中に城主を護る為に共に籠った民達までもが、悲惨な最期を迎えたと。
焼け跡に悄然と佇み、目を閉じて黙然と氏政が無念の声を聴くように在る。
風は遠く渡り、悲劇の声を主であった氏政に聞かせようというようである。
その背を、遠くあるようにして家康が見つめる。
己の治めていた地の城が、配下となる者達が、臣が民が。それらの破れ焼け果てた地に在ることが、どのようなことであるかは。
言葉もなく、唯その痛みとも違う唯ひたすら抱えねばならぬだけのものである重さを思い起こして、家康もまた己の身に喰う重荷をおもっていた。
不意に、読経が朗々と始まる。
「…―――天海、」
氏政と云い掛けて、ようやく何とか己がつけた名を思い起こして家康が呟く。
見事な読経が氏政の朗々とした声にて響き、揺るぎもせぬその背に向けて、黒衣の背を前に家康が感嘆してそれを見詰める。
この山中城の跡に来たのは、家康他に極数名である。
警護に付かせた者達との距離を計り、家康が傍に控える江雪斎に視線を向けず問うてみせる。
「教えたか」
「…は、もとより、経は読まれます方故、…。千万遍の写経も、なさってございます」
「にしても、見事な経よ、…。」
樹々に響き風を渡る音声に、朗々と木々を渡る読経の声に。
氏政が経を繰る手に、江雪斎が歩み出で、経文の書を受け取り、香炉を渡す。
香炉を仮拵えの壇に供え、新たに氏政が香をくべるのを。
紫雲がたなびき、香の香りが山奥の城跡に渡っていく。
木々が揺れ、香の紫が雲と渡る。
「まるで、…魂が天に昇るようじゃの、…」
家康が嘆じる。
氏政の薫じた香の雲が上へとたなびき、読経する声に天を指すようにして昇っていく。
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